交換:雨けぶる世界にて

-黒と黄色のよき交換-



 悲しきかな。
 私の手元には故郷の地球で手に入れた「傘」しかなかった。
 扉を開けて見知らぬ国に降り立ったはよいものの、暫く歩き回った後で、いつも交換物を入れている布の袋を何処かへ置き忘れたことに気が付いたのである。
 あの袋には色々と珍しい、宇宙各地のみやげ物が入っていたのだが――私はあっさりと諦めた。
 道具との出会いも一期一会、いつまでも執着して余計な時間を浪費するのもばかばかしい。
 だから、たまたま持っていた傘一つを左手に握り締めてうろつくことにした。
 地球では硬貨ひとつで手に入るありふれた道具であるが、こんなものでも文明が余り進んでいない土地であれば魔法であるかのような価値を得て交換をより素晴らしいものにしてくれる。
 この仕事は、とても楽しいのだ。

 いつだっただろうか。
 私のしている行為は自然の摂理を壊すのではないのかと非難されたこともあったが、私はそうは思わない。
 国から別の国へものを輸入するのと何か差異はあるのだろうか。冒険家が新しい大陸へ上り、原住民族と金の取引をするのと、何か違うところがあるだろうか。
 摂理とは人の力ひとつでしっちゃかめっちゃかになるようなちゃちなものではない。
 それこそ「自然の摂理」とやらに失礼であろうが、と私は思う。
 文明にはどこからか必ず新たな風が吹き込むものだ。それが天才の発明品であれ、突然現れた怪しい商人のさずけものであれ、同じではないか。
 私は黒い傘をくるくると回し鼻歌をうたいながら、誰も通るもののない荒れたぬかるみ馬車道の真ん中を歩いた。
 鍵と扉を使えば街につくことなど容易いが、私は必ず徒歩で行く。
 こういった、誰もが飛ばしたくなるような道のりにこそ、おいしいビジネスチャンスは転がっているからだ。
 今回もその通り、歩み歩んで四半日も経たぬうちに、何やら只ならぬ沈み具合で立ち尽くす少年を発見した。

 因みに私はどのような土地へ行こうとも、言葉さえあれば通じるように話すことができる。
 偉大なる師匠に出会う以前はただ異星を覗きまわるだけだったが、彼女に拾われ教えを受けると状況は変わった。
 宇宙を構成する各要素のなかで、言葉が概念から実際に音として口にのぼり現れるまでの道筋を弄り、変換する理論を伝授されたのである。私の行法が未熟であるからか完璧な言葉は話せぬが、不自由はしない。
 師は恐ろしいほど大真面目に宇宙の在り様を考察しており、私の理解の及ぶところには居ないが、時々そうやってその膨大な知識の一部を授けてくれるのであった。

「もし」
背中を向けていた少年に声をかけると、彼は死ぬほど驚いて大きな声を上げた。
「あ、ビックリさせてごめんなさい」
慌てて謝った私は、自分が怪しいものではないことを示すために微笑みかけてやる。
 この試みは大概失敗するもので、今回も例外ではなかった。
 少年は幽霊や化け物でも見るかのような目で私を凝視して、大幅に後ずさっていく。
「いや、あなた、お困りのご様子だったもので。違います?」
敵意がないことを示すために、大袈裟な身振りで態と間抜けな空気感を演出し、そう訊ねた。
 演出でもあるのだがこれは段々と職業病のように身についた癖のようなもので、もう直しようがない。
 嘘っぽく見えるのもそのせいなのであろうが、私はこのスタイルを気に入っていた。
「心配いらないよ、わたし通りすがりの商人だから。
 あなたを手助けできるかも。よければお話をききたいのだけど」
疑わしげに少年はこちらを見た。
 まあ確かに、傘のほかは何の荷物も持っていないのである。
 商人と名乗られて訝る少年の態度は当然といえば当然であろう。
 それでも、慣れっこである。こういうときは多少強引に話を持っていくに限る。
「口があるんだから、話をする。困ってるんでしょ。
 あなたの丸まった背中に、そう書いてたよ」
「あんた誰だよ。どっから出たんだよ」
言われたとおりに口を開いたものの、少年の口からは私の望む説明とは違った質問が飛び出す。
 彼の疑問を解決し、スムーズに話を聞きだすためにも、ここは答えてやらねばなるまい。
 私は肩をすくめた。
「きちんと後ろから歩いてきたよ。それにさっき商人だと言ったよ。
 あなた困ってる、わたし手助けする、そして対価をもらう。
 それだけのこと。一対一の、いわばビジネスよ」
私は商売相手とみた者には大まかな説明しか行わない。
 余計な情報を与えてしまえば混乱を招くだけだ。必要なことを必要なだけ、これが私のポリシーである。
「で?」
少年はピンときていないようだった。
「だから、あなたの悩みをわたしが解決するってこと」
さらに情報を削り落として繰り返すと、少年は失礼なことに、さらに顔を顰めたのである。
「なんでさ?」
「仕事だって言ってるでしょ。困ってる人にちょいと手助けするのがわたしの仕事なの」
「なんだ、お金かかるんじゃん」
見知らぬ男との間に金銭授受が発生する可能性に対する不安が、少年の頭を埋めている。
 これも予想済みの反応である。
 私は大振りなアクションで右腕をぶんぶんと振り、左腕とクロスさせてバツを作った。
「お金は一切いただきません!お金はね」
「ま、ますます怪しいよ」
少年の疑念は益々深まっていくようである。
 こんなに勘繰られるとは心外である、今までに出会ってきたお客とは一味違う。
 実は思ったほど困ってはおらず、心に余裕があるのではないだろうか。もしかすると見誤ったかもしれぬ。
 私は渋い顔をして傘をくるくる回し、パッとしぶきを散らした。
「――何それ」
少年は指をさし、私の傘を見上げる。
「どこで採ったんだ、そんな、黒くて変な形の葉っぱ」
「プッ。葉っぱ、って」
私は思わず笑ってしまい、きょとんとする少年を前に慌てて真顔に戻った。
 そうか、これほど雨が降るのに傘というものが存在しない星もあるのか。
 それにしても。
 葉っぱとは、驚きである。
「この国って、葉っぱで雨しのいでるのん?」
訊ねると、少年は当然だろという風にこくりと頷いた。
 ははあ、そうなれば傘は思ったよりも使えるかもしれないぞ、と私は独り心の中でにんまりと笑う。
 品物を失くしているので、最悪、肉体労働でもして対価のがらくただけ貰おうかななどと考えていたところだったが、そんな必要はなくなりそうである。
「だったらそんなあなたにこその朗報だ。ご注目!」
商売スイッチが入った私は、傘を少年に向けるようにして見せびらかした。
 忽ち雨が、師匠から貰った私のマッシュルーム帽や肩を強く打ち、布に染み込んでいく。それでも、客によく見せることだけが重要だ。
 私は濡れるのも構いなしにセールストークを開始することにした。
「葉っぱで雨宿りをする時代はもう過ぎた。
 これからはこのワンタッチ式の、傘というもので、
 お洒落に雨模様を楽しむのが主流になる!」
「かさ?」
少年は発音しにくそうに繰り返した。
「そう、傘。葉っぱは一度のお出かけでしか使えないが、こいつは違う」
頷き、私はすかさず傘を畳む。
「このように畳んで、紐で留めることで、場所をとらずに持ち運びが可能。
 材質はヒミツの布だから水を弾く、耐久抜群、葉っぱみたく青臭くない。
 暴漢に襲われたら棍棒がわりに一撃を加えて不意打ちもできるよ。
 で、また雨が降ってきたら――」
バッ、と勢いよく開いた傘に、少年は目を丸くした。
「こうしてポチッとおすだけで快適。黒いから、
 晴れてるときに使えば太陽除けにもなるよ!」
「それって本当?」
食いついてきた。
 しかしどうやら一生懸命話した本来の機能ではなく、日傘になるという適当なトークのほうに食いついているらしい。
 本当だよ、と私は言った。
「これ、特に女性に嬉しい機能ね。あなた流石。目のつけどころがよろしいね」
「そ、そうかな」
少年は褒められて満更でもなさそうだったが、本当に困っているのだろうか。
 そうでなければ、私はこの傘を譲るつもりはない。と、そろそろ話を聞かせてもらわねばと思ったその矢先、彼は自分から口を割った。
「実は」
きた、きた。
 私はわくわくしているのを悟られまいと、態と「何かな」という表情を顔に貼り付けた。
「外に出たがらない女の子がいてさ」
「外に出たがらない女の子?」
なるほど、彼自身に関わる悩みではないのだ。
 それまたどうして、と首をかしげてやると、彼はひとつ大きな溜め息を吐いた。
「おひさまに焼けると痛いから出たくないんだって。
 だから、俺は雨の日なら出て来てくれると思ったのに、
 行ってみると……濡れると服がだめになるから嫌だっていうんだ」
「曇りの日は?」
「虫がいっぱい飛んでるからダメって」
酷い。
 それはただ、多様な言い訳をつけるだけつけて外へ出たくないだけではないのか。
 かぐや姫の無理難題もそういった、遠まわしに完全な拒否をするような類のものだった。
「はあ、屁理屈ワガママ少女かぁ。わたしの師匠みたいな女の子だね」
「あんたの知り合いにもいるの?そんな人」
悩みがなさそうに見えて、わたしは意外と苦労してるんだよ、と言うと、少年は共感を覚えたのか眉尻を下げて微妙な笑みを見せた。
「どうやって付き合ってるんだ、その人と?」
「師匠の場合は一曲弾いてやれば機嫌を直すけどね。その子はどうだろね」
私は弦をかき鳴らすジェスチャーをしてみせ、それから再びくるりと傘をまわした。
 少年は雨の飛沫が描く輪の軌跡をじっと目で追い、唇を噛む。そして自分にも言い聞かせるように、
「それがあれば――珍しいもの好きだから、面白がって外に出てくれるかも」
と言った。
果たしてそうかなぁ、と私は口を尖らせた。
 商談成立にはまだ早い。
「甘やかしたら、ますますワガママになるかもよ?
 そしたら状況は悪化一直線。手がつけられなくなるよ」
意地悪をするつもりで否定的なことを言うのではない。
 私の建設的破壊を上回るだけの理論をぶつけて欲しいのだ。
 そして少年は私の期待通り、そうかもしれないけど、と顔を上げたのだった。
「外の世界を見れば、嫌なことより面白いことの方が多いってわかると思う。
 面白がってるうちに、自分のことだけじゃダメだって気付くって、
 俺はずっと思ってるんだ。だから俺はあの子を外に出してやりたくて」
「あらっ」
私は少年を見くびっていたことに気が付いていた。
 彼はその、外が嫌いな少女のことを本心から想っているのだ。それは恋なのかもしれなかったが、そうだとしても盲目的なものではない。
 この少年は、意思あるものとして考えることができるのだ。
 彼ならば大丈夫、私の鼻はそう告げている。
 私はあっさりと負けを認め、地球産の黒い傘を受け渡すことに決めた。
「じゃあ、あげちゃおうかな。でも、代わりになんかちょうだいね」
私は左手のひらを裏返して、微笑みながら差し出した。
 交渉は一対一の物々交換のみで成立する。
 金は別の星では使えぬ。
 形のないものでも困る。
 全宇宙に通用するものとして考えたときに、ありふれたガラクタが丁度いいのである。
「なんかって何?」
「なんでもいいよ。いらないものでもいいし、危ないから手放したいものでもいいし」
「俺、貧乏だからそんなにもの持ってないよ。例えばこんなのでもいいのかな?」
少年はポケットから石を取り出した。
 黄色くて半透明、こぶし程度の大きさの割と綺麗な結晶であった。予想以上の代物である。
 私は非常に満足して、大きく頷いてやった。
「いい、いい。因みにこれが何かわかればなおいい。これ何?」
「ホントに知らないの?燃料だよ。さっき拾ったんだ。
 たぶんどっかの馬車の積荷から転げ落ちたんだと思うんだけどさ。
 これ一個で七日ぶんの食費くらいの値段だよ」
残念ながら基準がよく解らなかったが、決して安くはないのだろう。
 私にとっては石の正体までわかれば十分である。上機嫌で傘を手渡した。
「ほほう、それは素晴らしい。では取引が確定したところで、
 早速お悩み解決へ向かってもらいましょうか」
「い、今?あんたも来るの?」
「もちろん。見届けるのも含めて、私の商売なの」
交換の目的は「ちょっとした手助け」だ。
 交換を行い、私が差し出したものがよい結果を生み出せなかった場合、私は補償を行うことにしている。
 だからものを渡したならば目の届くうちに一歩を踏み出して貰うことにしているのだ。
 もっとも今までに失敗したことなどないから、補償の内容は決めていない。もしものその時に考えるつもりである。
 何れにせよ、自分の仕事への責任と共に、顛末を記録するという個人的な望みも兼ねて、私は少年を急き立てて、我が侭少女の自宅へと向かうことにしたのであった。

 傘を携えた少年が門扉を通り抜けるのを、私は少し離れた樹の陰から見守った。
 緊張した面持ちで扉を叩く。暫くすると、中年の女性が戸口に現れた。
 少女の母であろうか、少年を見るや申し訳なさそうな顔で何か話していたが、少年が傘を持ち上げて必死に主張を繰り返すと、表情を変えた。
 程なくして少女の母親はバタバタと家の中へ戻っていき、逆に少年は庭へ出た。
 どうしたのかと心配になった私が、雨で視界がけぶる中で凝視すると、少年はどうやら上階の窓を見上げているようだった。
 眺めていると、やや億劫気味に窓の内側の布――地球で言うカーテンが取り払われ、無気力な目をした華奢な少女の顔が覗いた。
 少年が大きく手を振っても彼女は反応を返そうとはせず、ただ瞬きを繰り返すのみ。
 ああ、確かにこれは重症だ、と私は顎に手をやって考えた。傘でどうにかならなかった場合のフォローを真剣に編み出そうとし始めた私の懸念をよそに、少年はついに傘のボタンを押した。
 思い切りよくバッと開いた傘は、見下ろす少女の心にどう映ったことだろうか。
 確実に、少女の目が見開かれた。身を乗り出し、口をぽかんと開けて窓にはりつくようにして少年の回す傘の天辺を眺めていたが、そのうち後ろを向いて部屋の奥へと消えた。
 急ぐ背中と揺れる長めの巻き髪が、私の印象に強く残る。
 少年が戸口へ戻ると、丁度同じタイミングで軽快に扉が開いた。
 目をきらきらと輝かせて期待に頬を上気させた少女は、傘をさした少年を見つけると一言、二言何か言葉を交わした。
 そして、少年の誘いにそれほどの躊躇いもなく頷いたのだった。
 おずおずと足を踏み出し、少年の支える傘の中へ身体を滑り込ませると、嬉しそうに黒い布の内側を観察し、笑う。
 少年と少女はそうして、初めてのふたり散歩に出かけていった。

 私は二人の姿が見えなくなると、やれやれと窮屈な木陰から空の下へゆき、伸びをした。
 傘は譲ってしまったので近くの葉を毟って頭の上へ掲げてみると、成る程、顔だけはなんとか守れるものの身体はずぶ濡れである。
 私が苦笑してそのまま歩き出すと、先ほどの少女の母が家の戸を開けっ放しにして門扉のところまで来ていた。
 信じられないという面持ちで、二人が消えた方向にいつまでも目を据えている。
「いやはや、微笑ましいお二人で」
私が声をかけてやると、彼女は思わず息を呑んだ。
 私が近寄ったことにも気が付かないほどに、茫然自失を極めていたようである。
「相合傘なんて素敵じゃあないですか。私は体験したことがございませんで」
「あいあい?」
ああ、そういう言葉はまだこの星にはないのだ。
 私は、一つの葉っぱの陰を分け合うことです、と訂正した。
「え、ええ――」
彼女は再び遠くを見遣る。
 私はそんな彼女の手に、持っていた葉の茎を握らせてやった。
 残念ながら、彼女が濡れぬよう、との配慮からではない。顔だけは平静を装っていたが、手のひらの皮膚がかぶれて痒くなってきたのだ。
 この星の人間には必須の雨ツールでも、私にとってはないほうがマシである。
「一人用の場所を二人で使う、なんと人間らしいことでしょうか。
 己の肩ははみ出て濡れるが、大切な相手の身体を半分も守ることが出来ます。
 一つの幸せの形です。ま、わたしにゃ相手がいないので説得力もないですが」
折角私が大切なことを語っているのに、上の空の母親は全く聞いていないらしかった。
――よいのだ。この星での作業は既に済んだ。
 私は最後に煮え切らない負け惜しみで濁すと、この世界からおさらばすることにした。

 原型的イデアが意識の柱を下って具現化した「鍵」を空間に挿して回すと、私の姿は溶けるように、吸い込まれるようにそこからかき消える。
 少女の母親が我に返って振り向く頃には、私はもうこの星の上に存在しない。
 少年が戻ってきて私を探そうとも、そこにいたはずの私を見つけることなどできはしない。
 彼は約束した対価の石をまだ渡していないことに気付き、ポケットを確かめるであろう。
 そこで石の代わりに入っている一枚のカードを目の当たりにした少年は、私が確かに夢や幻でなく存在した証拠と、不思議な一つの象徴を手に入れる。
「ゲドゥラー」。
 私は愛を以て新たな活動の根源として形を与え風を吹き込む者であり、その保存者である。
石は、私の左手の掌で次なる交換を待ちながら眠りにつくのであった。

さて。  師匠が空間の隙間に押し込むようにして建てた、どの星にも属さぬアジトという名の自宅へ意識を集中し、その五階にある自室の扉を思い描く。
 紺碧の地色に黄色の斑点がペイントされた扉の細部までを十分に視覚化して、ノブを握ると勢い良く開いた。
 固く閉じていた目をゆっくりと開けると――そこは既に、住み慣れた私のホームなのである。
 私はぐっしょりと塗れた帽子と服一式を脱ぎ、物干しの渡し棒へ放り投げて引っ掛けた。
 そして予想以上の寒さに震えながら部屋に据えられた風呂場へ駆け込み、蛇口をひねって湯を出す。
 師が建てた七階まである細長いシェアハウス風の家は、階層によって部屋の数と配置が違うおかしな建物だ。彼女の部屋は一番上の部屋にあり、階段のまん前にぽつんと寂しい白い扉だけが光る奇妙な造りになっている。
 私の階層にももう一つ部屋があるのだが、使われぬまま放置されていた。
 彼女の傾倒する思想で瞑想に使われる「生命の木」という象徴をなぞるような構造で作ったそうだが、そこまで拘らなくとも、と私は内心思う。
 食事のたびに一階まで降りていくのが不便で仕方がないのだ。
 湯がそう一瞬で入るわけもなく、私は毛布を体に巻きつけて歯の根をガチガチ言わせながら部屋の外へ出た。
「只今、戻りました!」
異星旅行から帰ったことを、階上の師匠へ怒鳴って伝える。
 師は私が別の星で何をしているのかを知らないようだが、聞こうともしない。
 ただ、
「廊下を濡らすんじゃないよ。食事はお前が風呂にいる間に作っておこう、いいね!」
と全てを識っているような返事が飛んでくる。
 知っているのだろうか。
 それとも、私がずぶ濡れだというのを察知しただけだろうか。
 兎も角私は大人しくはいと怒鳴り返すと、掌を掻きむしりながら自室に入った。
 少しだけ期待したのだが、商売道具を入れた布の袋は、やはりこの部屋にもなかった。
 やはり諦めるしかないようである。
 私は溜め息を吐くと、思い出したように、干した服のポケットから黄色い石を出して机の上に置く。
 これが燃料だという。いっそ燃やして暖をとりたいくらいに寒いが、これをなくしてしまえばまた一からやり直しだ。
 風邪をひけば師匠の顰蹙を買うであろうが、我慢せねばならない。
 風呂を待つ間、やることもないので、私は早速交換記を開いて今日のよき交換を書きとめることにした。
「地球の傘と、黄色い石。雨けぶる世界にて」
私は気分よく少年と少女の相合傘を反芻した。
 やはり、ああいうものを見るとこの仕事はやめられぬ。
 例えばこの作業がタブーの事項だとして、いずれ私が大いなる修正力なるものに捉われて消される運命にあるのだと脅されたとしても、私は続けていくだろう。
 それが鍵を手にした私の、宇宙的自由と責任であろうから。

- 続く -

2011-11-19

あとがきです。

傘。ワンコインというのもあり、忘れるとついコンビニで買ってしまいます。
傘にかぎらず、すぐに手に入るありがたみってスゴイですね。

すべあ