第六話:ギリギリの部活動

-破壊神・水無月 塁(ミナヅキ ルイ)の起床と球山 鈴太郎の憂い-



 ソフトボール。
 小学校の体力測定で投げさせられた。大きく握り難い三号ボール。男子の野球部の対称として扱われることが多い、女子定番の部活動。
 アテネ五輪で女子が金メダルを獲ったスポーツ。
 正直なところ、そんな覚束ないイメージのみが頭の中で渦巻いていた。
 あのスポーツは、ボールが大きくて塁間が短いだけの、謂わば野球の縮小版ではないのだろうか。
 それならばまた同じ事を繰り返すだけなのではないか、とも思ったが、それがツバキの求めている「胸を張ってできること」でありキタジマのいう「過去の自分よりも凄いこと」なのだろうか。
 あの後、昼休みの終わりを告げるベルが鳴り、結局うやむやのままに話が中断されてしまった。
 もし興味を持てたならば放課後グラウンドへ来い、とツバキは告げて、キタジマと共に戻って行ってしまった。 トージたちは宙ぶらりんのまま放り出された形になり、やきもきしながら午後の授業をこなしたのだった。
 漸くやたらと長い一日目も終わりを迎えて、トージがヨシアキたちと合流したその時。
 マリヤマが呼んでる、とのメールが舞い込んだのだ。件名「おい」というツバキのメールは非常に淡白で短いものだった。
「二年A組に行け。マリヤマが呼んでる」
トージたちは早速、三階から下りて二年のA組を目指すことにしたのだった。
 昼休み以来、関心は専らソフトボールに向いている。聞けばツバキやマリヤマだけでなく、あのミナヅキまで入部していると言うから驚きだ。自分の持たない情報ばかりがざくざく出てきて悔しい思いをしたヤノが、リベンジとして調べた情報である。
「ソフト、どうなのかなあ」
廊下を歩きながら、ヨシアキが誰にともなく言う。
 昼休みの間には、ソフトボールの何が反撃になるのかまで聞く時間がなかった。だから今度はそれについても聞いてみたいのだ。どこに魅力があるのか、野球でなくわざわざソフトボールをするメリットがあるのか。
 疑問だらけである。
 トージたちはさながら孤島に流れ着いた漂流者だ。右も左もわからずに、入ってくる情報を軸に動こうとするしかない。ジャングルから聞こえる猛獣の声や足跡を頼りに姿形を想像するのと一緒である。本質がどうであるかなんて、この段階では判断不能なのだ。
 情報は錯綜を極め、トージたちは相変わらず大混乱の最中にいる。しかし思ったより仲間は少なくないようだ。
 キタジマを始め、ソフト部に所属している生徒は皆、ツバキたちの境遇を理解して心強い味方となってくれているという。
「ソフト部は互いを守るネットワークも兼ねてる」と、キタジマは別れ際に言っていたのだった。

 二階には、全くと言っていいほど人気がなかった。
 新学期諸々の準備で六校時まで授業があった一年生に対して、上級生は別段準備もやることもなく、午前授業と中規模の掃除のみで終わったようだ。と、いうことは、マリヤマは授業が終わるまで待っていてくれたことになる。トージはそのことに気がつくと、急いでA組の教室を探すため駆けだした。
 幸いすぐに見つけられたので息を切らしながらノックをすると、「どうぞ」と反応があった。
「入ります」
声をかけて扉をガラリと開けると、差し込む西日に目が眩んだ。鼻がツンとして、思わずくしゃみをしたくなる。
 放課後は階層ごとに電気が消されているので、外と内との光量の差が激しいのだ。
 トージは暫しの間、目を細めていたが、開け放たれた窓から吹き入る風がカーテンをふわりと動かして初めてマリヤマが前列窓際の机に寄りかかっているのが見えた。
「初めまして。そして臥柳の一日目、お疲れさま」
彼は落ち着いたトーンで、トージたちを労ってくれる。
 初めてなのに、何故だかそう思えないのは何故だろう。声の中に含まれる、人を包み込むようなアルトの響きのせいだろうか。
「遠慮しなくてもいいよ。入って」
トージ、ヤノと順番に入り、最後にヨシアキが後ろ手に引き戸を閉めると、三人はマリヤマの佇む窓際の近くへ寄っていった。
 教室内はしんと静かだった。そして穏やかで、日光のお陰でぽかぽかと暖かい。夕日と窓枠とマリヤマは何だか絵になっているな、と勝手に感動しながら傍へ行くと、新しい土と草の匂いがふわりと香った。
 マリヤマは、年季の入った緑色のユニフォームを身に着けているのだ。
「それが、ソフトのユニですか」
「うん。さっきまでグラウンドで自主練していたんだ」
マリヤマは言いながら窓の外を見やる。
 昼休み、トージがキタジマ先輩に引きずられて通った広いグラウンドである。あの時は、トンボと呼ばれる道具で土を均して整備をした直ぐ後だったらしい。まだトージたちの足跡が線になって残る場所があり、トージは整備した誰かに対して申し訳ない気分になった。
 流石私立だけあって、好き放題、適当に作ったようなグラウンドである。サッカーゴールが二つあるスペース。陸上部のトラック。さらに併設されているのは正式には何というのか知らないけれど、ザラザラな質感の緑色の地面――テニス部のコートもある。
 普通はそれに加えて、野球部のためにベースと外野のスペースがとられているものだが、この学校には勿論、そんなものはない。しかしそのかわりに存在するのかと思われたソフトボールの設備もないのが引っかかった。
「グラウンドにベースはないんですか?」
「ない、ない。みんなあそこで練習しているんだ」
「あそこ?」
ほら、と指差すので見てみたが、よくわからない。
 サッカー部員がちらほらと走り込みをしている他には、誰も居ないのだ。ところがヤノは、トージの探している場所からさらに奥を凝視して、
「トージくん。防風林のところに誰かいます」
と言った。
「防風林?」
確かに。グラウンドをぐるりと囲む防風林の下「雑草のスペース」に何人か居る。嫌な想像が外れてくれれば、と願いながら目を凝らしていると、悪いことに見覚えのある姿が目に入った。
 キャッチボールをするツバキの姿である。
 あんなに狭い雑草スペースに押し込められて練習するしかないのだろうか。あれでは、まともにできているとは到底言えない。
「ね?わかったでしょう」
マリヤマは動じずにこにこ笑っている。何故してこうもあっけらかんと言い放てるものだろうか。
「ぐ、グラウンドじゃないじゃないですか!」
「うーん、確かにちょっと草が多すぎて不便かな。うん、これからの季節、ブヨだらけで足が痒くなるかも」
これ以上突っ込んでもどうにもならないような気がしたので、トージはもう一度窓の外を見た。
 ツバキに加え、トージたちの知らない部員が三人だけ練習している。先程ツバキは味方だと言っていたのに、ソフト部のメンバーは余り練習熱心ではないのだろうか。
「何というか、閑散としてますね」
「そうかな」
ヨシアキの自重をしない物言いにも、マリヤマはピンとこないようで首を傾げた。
「いや、あんまり人がいないな、なんて」
トージはツバキ以外の部員がどんな人物なのか見たくて首を長く伸ばしてみた。しかし防風林が邪魔でちょうど顔が隠れている。
 少ないかなあと、マリヤマはのんびり考える。
「部員であそこにいないのは、僕とキタジマと、あとはミナヅキだけだよ。キタジマはたぶん単なるサボリでいないだけだと思うんだけど。ミナヅキはDクラスで寝てると思――」
「えっ?」
トージはついついマリヤマの話をぶった切ってしまった。
 悠長に話している場合ではない。

 グラウンドにいるのが四人、いないメンバーが三人。合計は「七人」だ。しかし、ソフトボールチームを作るためには最低最悪の条件でも「九人」必要なのである。
 ということは今の状態では試合さえ出来ず、チームとしての形を成していないことになる。
「それって――」
部員が最低に満たず、練習の場所も貰えない。
 それは学校にとってのお荷物や予算食い虫と呼ばれる、大の不人気部活動の有様をそっくり体現していた。
 あまりに悲惨なチームの状態にトージは愕然として、身動き一つとれずにいた。
 話が違う。
 と、反応に困っていたところに突然慌しいドタバタという音が聞こえてきた。
「な、なに?」
それは段々こちらに近付いてきて、最後にガラリ!とデリカシーなく間近で響いた。夕暮れ、マリヤマと一緒、というシチュエーションで油断しきっていたトージは、完全に虚を突かれた気分で振り返った。
 見れば扉が大きく開け放たれ、何者かが堂々とそこに立っている。
「オレのこと、呼んだだろ!」
その人物はズカズカと教室の中へ踏み込み、進行方向の机を次々蹴散らしながら、真っ直ぐにトージたちの居る窓際を目指して進撃してきた。
 そして大欠伸をすると腰に手を当て、
「今起きたよ!」
と高らかに言い放った。
 マリヤマの可笑しげな含み笑いがなければ、トージは暫く自分を取り戻せなかっただろう。
「ご機嫌だね。ミナヅキ」
そう、やって来たのは平成の破壊神。何度となく話題に上ったものの全く姿を見かけなかった、ミナヅキ ルイその人であった。
 さっきは部員の数のことに気をとられて聞き流したが、本当にD組の教室で寝ていたのか。マリヤマの冗談だと思っていた。
「なんかいい夢見たんだよ!」
「へえ、そうなんだ。どんな夢だったの?」
いきなり現れたと思ったらトージたちの存在を無視して、先程見たという夢の話を始めるミナヅキ。
 顔色一つ変えずに会話を続けるマリヤマを、トージは偉大な人だと一発で尊敬した。
「新しい部員がソフト部にいっぱい入るんだ。それで、背部じゃなくなった夢だった。正夢かな」
「廃部って?」
ヨシアキが大声を出した。
「ソフト部廃部になるんですか?」
またも聞き逃せない情報が出てきてしまった。
 つまり、試合さえできない人数では部活存続の意味がないと、そういうことになるのだろうか。トージはさっとマリヤマの顔色を伺ったのだが、彼は悲しそうに微笑んだだけだった。
「あ……いい意味でも悪い意味でも君達の判断の妨げになるといけないし、本当は黙っていたかったんだけどね……」
「あっ?」
マリヤマの気も知らず口を滑らせたミナヅキは、たった今トージたちに気付いたとでも言うように眼を瞬かせ、新しい昆虫を発見した子供のように急いで寄ってきた。
「だれ?新入生?」
「そう。コマノくんだよ、ミナヅキ――」
「独楽」
「違うよ。コ、マ、ノ。去年テレビで見なかった?」
「芸人」
「違うってば、野球の話だ。報道センセーションでよく取り上げられてたレフトの子だよ」
「あはぁ、そっか!」
ちんぷんかんぷんな返答を繰り返していたミナヅキも、マリヤマの根気強い軌道修正で、やっと理解してくれたようである。
「やっとわかった。ってことは、新入部員だよなっ」
ミナヅキはトージの手をがっしりと掴んで、上下左右に容赦なく振り回す。握手のつもりなのかもしれないが、痛い。
 どこから突っ込めばいいのか。そもそも突っ込んでも理解してくれるのだろうか。辟易するトージに構わず一人嬉しそうに踊るミナヅキを、マリヤマはゆっくりと止めると首を振ってみせた。
「いいや。まだ入部は決めていないよ」
なんでだと、矢継ぎ早に質問が来る。
 ミナヅキは想像以上に曲者で、ややこしい。

 どうしよう。
 トージは先ほどから猛烈に考えを巡らせていた。
 廃部、と言ったのだ。
 七人では当然試合は出来ないし、試合を想定して行う、九人シフトの守備練習だって出来っこない。グラウンドの片隅すら貰えず、雑草生い茂る防風林の隙間で基礎練習を繰り返すしかないのだ。
 ツバキは、楽しいと言っていた。
 しかしそれは、こんなにも限られた状況から生まれた言葉だったのだ。
 いつか反撃をするとも言っていた。
 しかしそれは、トージたちが入部をしなければ絶対に実現しない夢なのだ。
 なぜならば、そうしない限りソフト部は永遠に廃部になってしまうのだから。
 昼休みの間、ツバキは部がそんな状態にあるなどとは一言も口にしなかった。
 主観的な意見と立場を明らかにすることで惑わさないよう、中立の立場を保ったままでその情報を伝えざるを得なかったのである。
 だから、あんな回りくどい伝え方で。
 わざわざ両方の道を示した上で。
 トージたちに「選べ」とパスをくれたのだ。
 それに気が付いたトージは、なんだか腹が立ってきた。何故、自分達を二の次にしてまで、そんなにもこちらに気を遣うのだ。
「入ります」
形振り構っていられるものか。トージの口からは自然に入部を希望する台詞が飛び出していた。
「え?」
マリヤマが、信じられないという表情をして僕を顧みる。寄りかかっていた机からズルッと滑り落ちかけ、体勢を立て直し、まっすぐに立つと。
 トージの両肩に手を置いた。
「なに。今、何て言ったの?」
「僕、ソフト部に入ります」
トージはもう一度、ゆっくり告げた。
 マリヤマがひたすら求めて漸く得た、「自分のペース」で暮らせる場所なのだろう。
 逃げるのをやめたツバキが掴みかけた、反撃とやらの糸口もここにあるのだろう。
 夢叶わずしてここへ来たミナヅキが見つけた、新たな楽しみでもあるのだろう。
 それぞれ複雑な想いを抱えてやって来た三人の先輩が見つけた場所がソフトボールだ。
 それさえも奪われるのを黙って見ているくらいなら、トージは破れかぶれ、このソフト部へ入るしかないではないか。
 トージたちの探していた、昨年までとは百八十度違う新生活が、この部にないとも言い切れない。
「なんだ。こま入るって言ってるぞ。オマエでも間違うことってあるんだなあ、まり」
能天気に手遊びを始めたミナヅキ。
 マリヤマは上の空で、そうだねと呟いた。
「そうみたいだ……でもコマノくん、本当に?」
マリヤマは未だに自分の耳を疑っているようだ。
 無理もない。トージ自身もまた、自分の言葉が遠くで響くような心地で聞いていたのだ。
「多分本気です。決めました。レフト空いてますか」
急速に燃え上がった炎は、自分でも驚くくらいに素早く全身へ広がっていった。野球にのめりこみ、後先構わず突き進んだあの頃を思い出した気分だ。
 これはトージの中に眠っていた、闘志という名の炎に違いない。
「ああ、空いてはいるんだけど。本当に、いいんだね?」
「勿論です」
トージは大きく頷いた。
 三分前まで悲しい微笑を浮かべていたマリヤマの顔に、輝くような笑みが浮かぶ。
「じゃあ、僕たち一緒のチームでプレーできるんだ!」
「勿論です!」
トージは鼻息も荒くサムズアップをしてみせた。まるで別の人格だと思われるかもしれないが、本来のトージの性格はこうなのである。
 うんうん、とマリヤマはトージの手を握った。言わずと知れた元名ピッチャーの手はひやりと冷たく、小気味よい剛速球を投げる手だとは到底思えないような繊細さを持ち合わせていた。
「ありがとう、コマ――」
「ちょっと待ってよ!」
突然、怒ったような声が背後から飛んできた。
 温かな雰囲気は瞬時に消し飛び、トージはマリヤマと喜び合う間もなく現実に引き戻されることとなったのだ。
「トージってば!」
ムスッとした顔つきのヨシアキである。
「フライング入部宣言はずるいよ」
むくれるとはこのことを言うのだ。
 ヨシアキはドスドスと足音を立てまくって歩み寄り、トージの目の前までわざわざ回り込んでマリヤマを見る。
「マリヤマさん。オレもやりますから!」
「レフトを?」
横から前触れなく的外れな発言をするミナヅキ。
 ヨシアキは明らかに怯んだ。
 マリヤマは静かにミナヅキを制して訂正する。
「違うよ、ミナヅキ。アカリくんも、ソフト部に入ってくれるって言ってるんだ」
そして、トージの手を握ったのとは反対の手でヨシアキの手を掴んだ。
「ありがとう、二人とも。嬉しいよ」
こんなに真剣に感謝の言葉を言われるなどと、トージは思ってもみなかった。
 こそばゆくなって横目で見ると、ヨシアキもなんともいえない顔をしていた。照れである。
 と。
「ごほん。……あの」
今までそっと見守っていたヤノが、態とらしい咳払いをして皆の気を引いた。
 教室の中の四組の目が、一斉にヤノに注目する。彼は眼鏡のつるを右手の指でつまんでくいっと上げ、ポケットから使い込んだ革手帳を取り出す。
「僕のリサーチによりますと」
手帳は開かず、中に書かれた情報を暗唱するように呟く。
「今年度の四月現在、臥柳ソフトボール部の部員数は、七名ですね。女子マネージャー二名も所属してますが、正式なプレイヤーとしての部員は、今回コマノくんとヨシアキくんが入部することで九名となります」
自分の情報漏れが出たことで、ヤノのプライドには火がついたのだろう。いつの間に調べたのか、温存していた情報を一気に語りだした。
「ところが」
ヤノは一度息を止めて、溜めを作った。
 どんなお宝情報が来るのかと、トージもつられて息を止め、身を乗り出して次の言葉を待つ。ヤノはぐっと胸を張った。
「ソフト部存続の条件は、選手としての部員が、十名に達することでしたよね」
十名だって?
 トージは二人の先輩を見た。ミナヅキは、顔を顰めて両手の指を折り折り、何かを数えている。マリヤマはというと、しまったという表情で舌を出していた。
「そうだったよ。君たちの入部が嬉しくって、忘れてた」
「な、何言ってるんですか。じゃあどうなるんですか?オレたちが入っても九人にしかならないんだったら、結局は廃部?」
ヨシアキは握りっぱなしだったマリヤマの手を振り振り、混乱して叫んだ。そのマリヤマも困り果てているのは、顔を見ればすぐにわかった。
 細い眉尻が下がり、悲しそうな顔をして俯いている。一度は大喜びしてから突き落とされただけに、沈みも激しいのである。胸がちくりと痛んだ。せっかく見えた希望を捨てたくない。しかし、希望を繋ぐ方法が見当たらないのだ。
 解決の足がかりを模索する、のろのろ鈍く重い時間が流れていく。
「そ、そうだ!」
ヨシアキはいい案を思いついた、と言わんばかりに顔を輝かせて声を張り上げる。
「四組のオウキくんが入ってくれれば!」
「誰それ?」
ミナヅキの質問は、流石に誰もが無視した。
「成る程、オウキか。いいかも」
ヤノの情報では、彼も例のパターンでこの学校へ入ってきたと言っていた。
 もし彼が入部を決めてくれれば、廃部回避とドリームチームができるのとで一石二鳥だと思ったのだが。現実はそう巧いようには動いてくれなかった。
「それはね、無理なんだ」
それを否定したのはマリヤマだった。どうしてと訊ねるヨシアキに悲しそうな目を向ける。
「実はもうツバキがコンタクトをとっていてね。君たちにしたのと同じ話を振ったんだ」
なんという仕事の速さだろう。
 ツバキがトージたちの情報を得て、話をまとめようと決意したのは今朝だったと聞いたが、いつの間にオウキと会っていたのだ。
「アカリくんとヤノくんがお昼ご飯に来る、少し前の話。ツバキは逃げるか、やってみるかと、同じ質問を彼にぶつけたんだ。そしたら」

「逃げにきたんだからこのまま逃げ切りますよ。気持ちだけ受け取っておきます。傷の舐め合いは御免なので」

 トージは胃がキリキリと痛む思いで聞いていた。
 オウキの奴、ツバキに向かってそんな事を言ったのか。言い方にしても他にあっただろうに。
「な、何ですかそれ。失ッ礼な奴」
ヨシアキも大憤慨している。
「うん、ツバキも落ち込んでたよ。言わなかったけど、ショートが欲しかったみたいだから。キタジマ曰く、アカリくんに八つ当たりしていたってね?」
そういえば、怒ってティッシュを投げていた。あれは八つ当たりだったのか。
 不機嫌で怖い人に見えた謎がすっきり解消したけれど、張本人のヨシアキは居心地悪そうにしていた。
「オレが怒られたのはオウキくんのせいか。ちくしょう、絶対に許さないからな」
どうやら彼の中に、完全にオウキに対する悪いイメージが植えつけられてしまったようだ。
 そんなヨシアキは放っておくとしても、トージは頭を抱えた。
「オウキもダメとなると――あの、いつまでにあと一人集めればいいんですか?」
「それも僕は調べました」
ヤノは手帳を握り締め、ついに開いた。
「期日は明日。ですが休日なので実質的に今日ですね。学校側に完全にコケにされている現状ですよ」
「き、今日?」
ヨシアキが悲鳴のような怒号をあげた。
 トージも頭を殴られたような衝撃を受ける。入学式から三日で三人集めろだなどと、ほぼ不可能に決まっている。部紹介の時間は確かに取られているけれども、それは明後日の五校時の話だ。間に合わない。
 マリヤマは自虐的な笑みを浮かべている。笑顔だけでいくつあるのだろうか、この先輩は。
「運動部は予算の割り振りが多めだ。なのにソフト部は結果を出したことがないんだよね。上の人たちは役に立たない予算喰い虫なんて早く潰しちゃいたいんだよ。僕たちは立場が立場だから、強くは言えなかったし」
つまり、部紹介で誰かが興味を持つよりも先に廃部扱いにしてしまおうということらしい。
「イジワルだよ!あいつらリョウのことバカにしてる」
ミナヅキもつまらなそうな顔をして教卓に座ると、白いチョークを掴んで黒板にへのへのもへじを書いた。
 今の、リョウというのは誰のことだろう。
「あいつだって一生懸命やってんのに!」
だが、リョウとやらの正体がわからなくても、絶望的な状況に変わりはなかった。
 今日までにあと一人入部しなければ、トージの決意も先輩たちの夢も潰えることになる。はぁあ、と、誰からともなく大きな溜め息が出た。
 部内に味方が多かろうと、部自体に敵が多すぎる。なんと壁だらけの高校生活なのだろう。
「なんとか人を集めて廃部を回避して、それで今年中に結果を出して、一泡吹かせたいんだけどね」
「ええ、ですから僕が入れば万事解決ですよね」
ヤノは、さらりと言った。
「うん?」
「ですから、僕が入れば解決しますよね」
ヤノの眼鏡は、夕陽を受けてキラリと光った。
「練習します。穴も埋められるように、サポートします。人数合わせだけが目的の入部にする気はありません。皆さんに失礼ですから。だから――頑張りますから、僕もソフト部に入れてください」
瞬間的に唖然と口を開けていたトージら四人だったが、ヤノがシステム手帳をパチンと閉じたのをきっかけに、謎の呪縛から開放された。
 ああ、そうか。解決である。見事な快刀乱麻ぶりに、トージたちの目は点になっていたことだろう。
 これには皆が納得するしかなく、黙って頷いた。
 今まで悩んでいたのが馬鹿らしく、トージはあははと気の抜けたような息を漏らした。
「ヤノくん、かっこいいな」
「いえ」
たった一言でヤノは全部持っていってしまった。
 まさかヤノまで一緒にプレーをすることになるとは。もう何が来ても驚かない自信がある。
「よーし、それじゃあ早速、入部届けを書こう!」
ヨシアキは隣のミナヅキと無駄にハイタッチをしながら有頂天になっている。
 マリヤマは携帯を取り出し、震える指でキーを触って誰かに電話をかけようとしている。表情は崩れていた。
「た、大変だ、どうしよう。とにかく行こう!」
そして四人は揃って職員室に駆け込むこととなり――。

「チーム臥龍」は、黄昏に生を受けたのだった。

- 続く -

2000-01-01

あとがきです。

やっとマリヤマと会えました。そしてやっと入部しました。
ヤノまで入部しました。
主要キャラがまだ数人のこってます。

すべあ