-頼ってはいけない兄貴分 喜多島 冴(キタジマ サエル)の罠-
まったく、人遣いが荒い奴。
昼。二年C組の教室を猛烈な勢いで飛び出しながら、キタジマ サエルは憤慨していた。
新学期だというのに、ツバキのバカは朝っぱらから、もっさりした顔で何かをずっと考え込んでいる。
かと思えば行き成りマリヤマに電話をかけ始めたり、ブツブツと独り言を呟きだしたり、おかしくなったか。気味の悪いことと言ったらない。あまりに不気味なので話を聞いてみれば、ツバキらと同じような境遇の奴らが入学したので接触を試みようとしているらしい。
余計な世話ではないのかと、キタジマは思う。
放っておいても、必要なのであれば向こうから寄って来るだろうに。急ぐ理由があるのはわかるが、それにしても余計だ。
キタジマの不満は尽きることがない。
弁当を購買に買いに行くのだって本当ならばあいつの順番だったのに。今日は順番を変わってくれと素っ気無く頼まれた後はそれっきりである。
果ては、会ったこともない「コマノ」「アカリ」「ヤノ」という三人を一年生の教室から連れ出せという指令まで下してくるのだから呆れたものだ。
俺は便利屋じゃねえぞと漏らしても全くの無視である。悔しいので一年生のことは後回しにしてやろうと思う。というのも、キタジマは急いでいるからである。
一階購買の人気デザートは一日百個限定。
これを逃すとツバキが物凄く不機嫌になるのである。頼みごとを押し付けてきたのだから、デザート争奪戦も今日ぐらいは勘弁して貰いたいものだが、ツバキはこの限定メニューについては一切の妥協を許さないのだ。
ただ、キタジマ自身もその限定メニューは好いていたので、何も言わなかったというだけだった。
と、いう理由で毎日昼になると列の先頭を取るための熾烈な争いが繰り広げられる訳なのだが、足にそこそこ自信のあるキタジマは今日も先陣を切って階段を下りていく。
これで今日の勝ちは決まったようなものだ、とほくそ笑んだキタジマだったが、階段を降り切り購買まで続く廊下を進み始めた時、二年生たちは目を疑った。
先に授業を終えたらしい新入生が、ぎっしりと購買に並んでデザート列を埋めているではないか。
拙いとキタジマは臍を噛んだが、しかしすぐに自らを落ち着かせようと頭をフルに回転させる。彼らはまだデザート列の重要性について解っていない筈である。仮にそれで先着に間に合わなかったとしても、少々の「お話」さえすれば譲ってくれるだろう。
怒涛の勢いで押し寄せる上級生に、新入生がとぼけた顔で目を白黒させているのが初々しい。
走る食欲の塊の一番先頭にいたキタジマは、部活動で鍛えたスライディングで列の後ろをとることに成功した。
「勝った!」
畜生、だの取られた、だのと後ろで喚く負け組どもを、キタジマはどうだとばかりに睥睨する。
この勝負、自分の命が掛かっているようなもの。負けるわけにはいかないのである。
購買スペースはたちまち人がてんこ盛りになり、遥か最後尾の方からは怒号や悲鳴までが飛び交い始めている。購買がない日は暴動まで起きる程だ、その人気が伺える。
前に並んでいる新入生がちらりとこちらを見、すぐに怯えたような顔で前方に目線を戻した。自分を見て怯えたのだろうかとふと考え、キタジマは苦笑した。まあ、仕方がないかもしれない。
単にカッコイイからという理由で、キタジマは前髪を左右非対称にして左目を隠しており、その髪は全体的に色を抜いた訳でもないのに白っぽい茶色をしている。
自分で言うのも難だが制服もだらしなく着崩している。
風貌と、そして何よりかっちりした体つきのせいで、いつだって第一印象では不良か何かだと思われるのだ。
見るともなしにそいつをぼんやり眺めていると、彼は突然ビクリと肩を震わせて携帯電話を出した。誰かから電話でも来たらしい。
「もしもし、ヨシアキ?あ、着いたんだ。いいよ、先にヤノくんと食べてて。行くから。じゃあね」
新入生は小声での会話の後、電話を切る。
わざわざ電話で言うことかよと、聞いていたキタジマは馬鹿にしたように鼻を鳴らして、何とはなしに内容を反芻してアレッと眉を顰めた。
今、ヨシアキとかヤノとか言ってなかったか。
ツバキがごちゃごちゃと訳のわからないことを話していたのを思い出す。正直、興味がなかったので上の空で聞いていたのだが、連れてくるよう頼まれた三人のうち二人の名前が、まさに今飛び出したような気がするのだ。試しにツバキへメールを打って確認してみると、即座に折り返し電話が来た。
「おい、そいつら購買に並んでるのか」
お前までわざわざ電話してくんじゃねえよ、と内心では毒づいたが、キタジマはフンと言うに留めた。
前の人物に聞こえないようなヒソヒソ声で、
「一人だよ。他はいない。で、こいつは何なわけ」
と返した。
「間違いなくそれはコマノだ。連れてこい」
コマノ。守備がいい。そんな情報しか、キタジマの頭の中にはなかった。
「じゃあ任せたからな。鮭弁当もな」
うるせえ、と言い終える前に電話は切られた。
本当に、人遣いの荒い奴だ。
キタジマは何の説明も受けていないようなもので――厳密には聞いていなかっただけなのだが――よく理解ができなかった。ツバキは何故、目の前の平凡な一年生に構いたがるのか。
考えるうちに、列はどんどん進んでいく。
「次、次。さくさく進んで!あんたも新入生?」
購買のホンダちゃんという名物おばさんが騒ぎ、順番になったコマノを呼びつける。
「あ、はい。よろしくお願いします」
「運がいいねあんた。入学初日にこのシュークリームをゲットできるなんて。全校の人気スイーツってやつだから、一人二つまでよ。一個五十円!」
コマノは少し悩み、一つだけ買った。
ホンダちゃんは微笑み、コマノの手に箱を押し付ける。ケーキ屋で貰うような取っ手付きの箱だ。五十円の癖に本格的なデザート系統なのが憎くもあるし、愛すべき点でもある。
ところがコマノはそれを胡散臭そうに眺めて、なかなか退いてくれない。キタジマは早く弁当を調達し、課されたミッションをこなしたいのに。
「あの、これ中身って」
「おいおい、何いつまでも喋ってんのさ」
我慢できずに口を出すと、コマノはぎくっと振り向いた。ホンダちゃんはコラッと怒鳴る。
「サエちゃん!絡まないの!驚いてるでしょう」
彼女が目を吊り上げ睨みつける、その圧力には敵わない。
それと、サエちゃんは辞めろと言ったのに。
「ち、わかったよ」
「わかればいいのよ。あ、あんた。弁当はいいの?」
ホンダちゃんは、キタジマの処理が終わったとばかりにコマノにメニューを指し示した。
コマノはお勧めを聞くという無難な選択に走り、結局ワンコインの焼肉スタミナ弁当を買った。釣り銭と弁当とシューの箱を持ち、コマノはこの場をそそくさと離れていく。
明らかにこちらを意識したその行動は、もたもたしていると怖い先輩に言いがかりをつけられかねないという心情を非常にわかりやすく示してくれている。
段々と面白くなってきた。こいつで暫く遊べそうだな、とニヤニヤしながら、キタジマはまず当初の目的を先に済ませることにした。
「ホンダちゃん、シュー二個」
もちろんツバキの分と、自分の分である。
ところがホンダちゃんは肩をすくめると、
「残念だけど、一個しかないよ。新入生に絡んだバチが当たったねぇ」
と嬉しそうに言った。冗談では済まされない。
「嘘吐け、一個くらい隠してあんだろ」
これがないとツバキは本気で怒るのだ。
だからと言って自分の取り分をなくしたくはないし、となれば無いところからでも無理に出して貰うしかない。しかし、対する返答は無情なものだった。
「ないもんはない。子供じゃないんだから」
予想はついたというか、当然の答えだった。
だからキタジマは、大袈裟なお涙頂戴の演技をやめてあっさりと諦めた。
「あっそ、ならいいや。その残りの一個貰うわ。あとはシャケ弁と海苔弁」
もう一つのシュークリームなら、手に入れるアテくらいある。コマノに貰えば良いのだから。
千五十円払って買い物袋を受け取ると、早速キタジマは人の山を見回した。コマノはというと、躍起になって人をかきわけている所だった。小さなスタンディングライブを余裕で上回る混雑具合、そう簡単に突き抜けられるものではない。
ところがキタジマの場合は別で、スルスルと通過することが許される。二年や上級生とは或る程度仲良くするよう努めているから彼等もキタジマの性質をよく知っているのである。つまり、キタジマが何かを企んでいるときは、邪魔をしないに限る、と。そういったことまで、すっかり知れているわけだ。
キタジマはニヤニヤ薄っぺらい笑いを浮かべて、楽々コマノの背後に追いついた。ヘビに睨まれたなんとやら、コマノはどっちに動けばよいのかわからぬまま、あっという間にキタジマに捕獲されたのだった。
「なあなあ」
親しげに肩を叩いて、チラリとシューの箱を眺める。
「お前コマノだろ」
コマノの顔ときたら、写真にでも収めて残しておきたいくらいだった。「面倒ごとに巻き込まれた」という表情が隠し切れずに表へ転げ出てしまっている。
知らない上級生に名前を呼ばれた今のコマノの心境としては、テレビに出ていたことをからかわれ、絡まれるだろうと思っているに違いない。下手をすれば目をつけられるかもしれないが、しかしできるだけ関わりたくない。そういう迷いが伺える。
「ちょっと来いよ」
「へ?」
コマノは怯んだ。
キタジマはコマノのブレザーの襟元をむんずと掴み、逃げられないように押さえた。
「来いってば」
面倒なのでそのまま引っ張り、昇降口の方へと向かう。
「あの、僕友達と待ち合わせしているんで」
「いいからこっちに来る。話は後」
昇降口へ着くと無理やりコマノの下駄箱から靴を出して履かせ、半ば引きずるようにして外へ出た。
人工柴と水はけの良い土で構成された校庭を真っ直ぐ突っ切って抜け、防風林が立ち並ぶ間を通る。すると、「臥柳公園」という昼飯の穴場スポットに辿り着くのだ。ここは広すぎる敷地を持て余した学長が作った公園で、緑と花に囲まれた雰囲気のいいスポットである。
少し遠いからか、何故か他の生徒は余り使わないのでツバキとキタジマはゆったりとした昼の時間を過ごせるのだ。散歩道を進むうち、遠くに木に囲まれたベンチが見えてきた。
コマノはすっかりなすがままに牽引されている。
大人しくなってつまらない。キタジマは遂に、ネタをばらしてやることにした。
「おい、アカリとヤノって奴らはどこに居るんだ」
えっ、とコマノは聞き返す。知らない先輩の口から友人二名の居場所を訊ねられれば、それは不可解だろう。
キタジマは口の端を曲げて、少し笑いかけてやった。
「お前らを連れてくるよう頼まれてんだよ」
「だ、誰にですか?」
コマノは混乱しているようだった。
面倒だったが、キタジマはツバキとマリヤマのことを説明してやる。
「今朝通学路でお前らを見かけたんだとさ。あいつ等はお前ら新入生も挫折が理由で、この高校にやって来たんじゃないかと推理したらしいんだよな。ちなみに、合ってんのか?」
「はあ、合ってます……けど」
どうして関係のないキタジマに、そんなことを問われるのかとコマノは思っている。
思っていることが顔に出やすい奴だなと、キタジマは呆れたが口には出さないでおいた。
「俺もあいつ等と色々付き合いがある。そういう事情は知ってるし、話はわかるのさ」
段々、コマノもキタジマが唯の不良先輩だという認識を改め始めているようである。僅かだが警戒を解いて、
「ツバキさんたちはどこにいるんですか?」
と訊ねてきた。
「ちょっとした昼飯スポットで待ってるよ。今から行くとこがそれさ。わざわざ回りくどい真似をした理由はまあ、初対面の奴と話すのが得意じゃねえから、間に誰か挟まって欲しかったんだろうと思う」
コマノはようやく全貌を理解したようだった。初めから言ってくれたらよかったのに、と文句を言われる。
「僕、カツアゲでもされるのかと思いましたよ。だって急に絡んでくるし」
元々が回りくどかったものを更にややこしくしたのは、キタジマの悪い趣味が発露した結果だった。
危機に直面した時、人間は余裕をなくして本当の性が出る。そういうものを見るのが好きなのだ。
「悪かった悪かった。で、アカリとヤノは?」
適当に話を流すと、キタジマは再度確認した。
「ツバキもマリヤマも、お前らのセットをご所望だから」
「あのう、それが」
コマノは浮かない顔をし、どう説明しようか悩む素振りを見せた。この期に及んで何を迷っているのだろう、とキタジマは思ったが、躊躇いが当然のものだと気が付くのにそれ程時間は要らなかった。
「多分、今から行くとこに居ると思います……」
今まさにキタジマたちが向かっている場所。という意味だろうか。
そんな筈はない。何故なら、キタジマたち以外は殆ど誰も来たことのない昼食場所なのである。二、三年生ならばまだしも、一年生が知っている筈がない。ところがそう言うとコマノは、
「ヤノくんは情報通なので仕方ないです」
とふざけた答えを返してきた。
いくら情報通と言ったって、それは反則ではないか。
「だってそれがマジなら、わざわざ俺が出張らなくてもよかったってことになるだろ」
そうかもしれませんねとコマノは言った。
生意気な新入生である。つまらなそうな表情を作って見せながら、キタジマはツバキの待つ屋根つきベンチへ歩を進めたのだった。
その頭の中では既に、いかにしてシューを貰おうかなという作戦会議が行われているのだが、そんな悪巧みでキタジマがわくわくしているなどと、コマノは知る由もなかった。
- 続く -
2000-01-01
あとがきです。
いきなり知らない人の視点になりました。
最低野郎の登場です。
身内にあんなのがいたら絶対嫌ですね。
すべあ