-第一回部活動集会、膠着-
臥柳ソフト部のチームカラーは、深めの緑色であるらしい。誠実で慎ましやか、落ち着きのあるイメージの色を探した結果、自然と緑が選ばれた。
「まあ、柳だしな、柳」
キタジマによると、柳から色をとろうと思ったが茶色は年寄り臭いという大雑把な理由によって、緑に決まったという説もあるそうだ。絶対に嘘だとトージは思う。
ところで、何故今頃になってイメージカラーの話を知ったのかというと、急遽必要になったからである。試合可能な人数が漸く揃った臥柳ソフト部に、めでたくプレー用のユニフォームを新調する話が持ち上がったのだ。
今までのものは歴代の先輩のお下がりでぼろく、その上破れたり縮んだりで使えなくなったものを除けば数が十に足りない。
だから、この際新しいデザインで全員分作ろう。そういう話になったのだ。
「デザイン担当は、サザナミ!」
一回目の部会議で、声の小さいサキタの代わりにホヅミが大発表した。
「ユニフォームは選手の鎧。大事なデザインだ!宜しく頼むぞ」
未だ多くが謎の中のサザナミ先輩は、立ち上がり何も言わずに教室を出ていく。
見送ったトージたちに、サザナミはそういうの得意なんだよ、とマリヤマが教えてくれる。
「たぶん十分かそこらで作ってくるよ」
マリヤマだけでなく、皆が心得ているようだった。
続いてホヅミは、
「サザナミを待つ間、残念な知らせだ!」
残念な知らせとは到底思えない様なテンションで、そう告げた。
なんのことかと思ったら、トージたちについてのことだった。
「明日から一年生は、入学後最初の行事である、学習合宿に出発する!」
そう、地獄の勉強合宿である。
臥柳高校は進学校でもないのに見栄を張って、そういった余計な行事を幾つか用意している。その第一段が、明日から始まる三泊四日の勉強合宿というわけだ。
「はる、シートバッティングはどうなんだよ?」
「いい質問だ、ミナヅキ!当然、お預けとなる!」
ホヅミの宣告に、落胆したメンバーの溜め息が渦巻いた。
シートとは全員が守備についた上で、一人ずつ順番にバッターボックスへ立ち打撃を行うという訓練だ。試合形式での練習が出来るのが特徴で、二つのチームに別れ紅白戦をするよりも、時間と人数の融通がきく。ところが最低でも十人必要な練習であるが故に、トージたち三人が入部するまでは出来なかった。先輩たちも、その前の先輩が引退して以来無沙汰だったシート練習を楽しみにしていたのだろう。
「じゃあ相変わらずのつまんねー基礎練習かよ。俺はサボるからな!」
キタジマがストライキ宣言をして机に突っ伏すと、部長が鋭い目を向けた。
「それは許さない。これからは一度サボるごとに腕立て腹筋背筋五十セットだぞ」
「お前最悪だな。ちゃんと出ます」
キタジマは真面目な顔できちんと座りなおした。部長の切り札は、積み上げが苦手なサボリ魔には効果的だったようだ。
しかし、トージはここであるミスに気付いた。ミスもミス、致命的と言える計画ミスである。
「あの」
手を挙げてホヅミを見ると、ホヅミはサキタ部長に視線を移した。
サキタが頷くと、副部長は再びこちらを向いてトージを指す。発言するまでに何ステップ踏むのだろう。本当に面倒なシステムである。
「どこでシートをやるんですか?」
学校のグラウンドは使わせてもらえないのだ。
まさか防風林の間を縫って守備位置につくわけにもいかない。
案の定、トージの発言を受け部長とマリヤマが顔を見合わせた。
「あ」
「あっ」
「えっ?」
何も考えていなかった、という表情である。
因みに、えっと言ったのはホヅミだった。
「おい、おいサキタ。お前、場所がないのにこの計画を立てていたのか!」
指摘された部長の、申し訳無さそうな顔が全てを物語っていた。
これではトージたちが帰ってきても、まともなシートバッティングはできないではないか。
「部活の時くらい完璧にやらんか!」
叱られている。
「なあ、河原でやるのはどうよ?」
「無理だ」
助けるようにキタジマが示した案は、苦々しい顔のツバキによって即座に却下された。
だよな、とキタジマも引き下がった。河原には砂利があるので練習にならないのだ。
「イレギュラーバウンドの特訓にはなるが」
落ちている石ころにボールが当たると予期せぬ方向へ跳ねてしまう。
それがイレギュラーバウンドだ。反射神経が優れていても捕り難い球であるから、確かに特訓はしたい。
しかし、それとこれとは別の話なのである。
煮詰まった会議。それをぶった切ってくれたのは今のところ最もまともに見えるホヅミだった。
「もういい」
ホヅミはさじを投げたかに思えたが、トージたちを想ってそう発言したのだった。
「一年生は余計なことを考えんでいい。だから、安心して行ってこい」
いや、違う。別に行きたくはないのだ。
しかしホヅミは自信満々に、俺に任せておけと怒鳴りながら胸を張った。
「四日で全て解決する、そんな策を思いついた!」
「あるの?そんなの」
「あると言ったらあるのだ。疑うのか」
訝るマリヤマにも自信満々なホヅミ副部長。
珍しく疑問から入った投手は、疑うわけじゃあないけど、と口ごもった。
「なんとなく不安がよぎるね」
「大丈夫だ、大丈夫だ。やればわかる」
全貌を掴めないままに、大丈夫、というワードを聞かされるのが一番怖い。
先輩たちは互いに顔を見合わせて、不気味そうに眉を動かす。
「で、ホヅミさん」
ホヅミは敢えて内容をぼかしていたのだろうに、ヨシアキはデリカシーなく気軽に訊いてしまった。
「どんな策なんですか」
「訊くのか!」
ホヅミはヨシアキに、つまらん奴だとストレートパンチのような言葉を浴びせかける。
「言わん。帰ってきてから度肝を抜かれろ」
「ええっ!気になる――」
ヨシアキはまだ食い下がろうとしていたが、それ以上追及する前に、黒板の横に立っていた部長がすっかり忘れられた存在に反応した。
「サザナミ。終わったのか」
トージをはじめ、部員たちは一斉に振り向いて驚いた。
サザナミが教室後ろのドアから音もなく戻ってきていたらしく、当たり前のように座って会議に参加していたのである。ホヅミはおおと、必要以上に大きな声を出した。
「いいところに。デザインができたか!」
しめたとばかりに嬉々として寄っていく。
逃げたのだ。
「皆、こっちに集まれ!さっそく見よう」
機嫌よく叫んだ彼の声につられて、皆は続々と机上に置かれた紙を覗き込みに行く。デザインが描かれた紙は三枚あり、それぞれ違う服だった。
サザナミはそれらのコピーをとり、薄い色付けまでしたものを三枚取り出した。
「ほう、気の利くことだ。この三種類から選べと言うのだな!」
黒と緑を基調として描かれた新ユニフォームは、どれもスタイリッシュだ。ユニフォームとしてはなかなか見ない色合いだったが、トージは一目で気に入った。
「サキタ、お前はどれが好み……」
「これ」
ホヅミが言い終わるのを待たずに左のデザインを指して、即答するサキタ部長。
袖がないVネックの上パーツは緑色で、二本の黒い縦ラインが引いてある。アンダーにインするような長いタイプのものではなく、臍あたりまでの動きやすそうなフォルムだった。これなら中に着るアンダーシャツで袖の具合を決められる。
半袖、七分丈、長袖。
守るポジションによっては袖が邪魔になることがあるため、実に選手に優しいデザインと言える。さらに、下は個々の好みによってショートパンツとスパッツにするか、野球選手と同じく踝までの長いパンツにするかを選べるようだ。
さらに、ロングパンツでも二種に別れる。
脹ら脛から踝の裾にかけてスキニージーンズのようにぴたりとしているものと、逆に緩くダボッと余裕を持たせてあるもの。それぞれのニーズに合わせて、最も使いやすいものを選べるのだ。
「ほう。即答なんて珍しいじゃないか。決め手はどこなのだ!」
サキタの背をバシバシ叩き、満足気に顎をさするホヅミ副部長。同じ意見だったのだろうか。
「上着だ。体を捻れるし、軽い。投手にも勝手が良さそうだ。どうだ、マリヤマ」
格好よさや見映えだけで決めると、ユニフォームや身に着ける用具はとんでもないことになる。
使いにくいだけならいいのだが、それが思わぬ故障や不具合を生むことも少なくないのだ。部長はそれを踏まえた上で、様々な状況を思い浮かべて判断を下したのだろう。
マリヤマは三つのデザインをじっくり見比べていたが、
「そうだね。肩まわりが楽そうだ。ピタッとしたユニフォームで体が覆われるのは元々好きじゃなかったから、膝を出せるショートとスパッツも選べるこのデザインがいいな」
と同じデザインを指差した。トップスリーの意見が一致し、もはや決まったようなものである。
ミナヅキやキタジマは、早く決まればいい、と興味を示さなかったし、ツバキも頷いた。トージも足に制約を受けないショートパンツがいいと思っていたので文句はなかった。
何より、たとえ意見が違ったとして、一年生が嫌だと言ってどうなるものでもない。
「では決定だな。これで詰めてくれ、サザナミ」
「――」
サザナミは、今度はしっかりと首を縦に動かし、もう一枚の紙を取り出した。
それは恐らくエクセルで作られたと思しき表で、タイトルには「ユニフォームの文字」とある。それぞれの部員名の横に記入欄が設けられて、希望する背番号と表示したい名前を書けるようになっている。
「プロ選手みたいにできるだ、れんスゲェっ」
サザナミの遊び心に感動したミナヅキがすぐさま、背番号77と書いた。名前の欄には「LUE」。
「ミナヅキ。R、U、I、じゃない?」
「そうそう。あったまいいな、ありがと、まり」
こうしてホヅミの目論見どおりに、トージたちはグラウンドへの懸念をすっかり忘れて、この後も背番号と名前のことで盛り上がりつづけた。
思い出した時には後の祭り。その日の夜になって、さあ寝るぞと掛け布団を被ったときだった。
斯くして、練習用グラウンドへの不安と試合用ユニフォームへの期待を抱えながら、トージたち新入部員は地獄の合宿へと旅立った。
その裏でホヅミの、所謂「建設的破壊計画」が進んでいるとも知らずに、合宿は進む。呑気にも殆どの時間を居眠りで過ごしたトージ、教師の顔をスケッチし思い切り叱られたヨシアキ、真面目に授業を受けて謎の表彰を受けたヤノ。
へとへとになった二人と平気な顔をした一人が帰ってきたとき。臥柳高校ソフトボール部とホヅミ邸には、恐るべき変化が起こっていたのであった。
- 続く -
2011-11-02
あとがきです。
緑をチームカラーにしたのは単に私が好きな色だからです。
今回みじかいな
すべあ