第十話:特技披露

-新入三人組のデビュー-



 そして、夜も十時をまわったホヅミ邸。
 穏やか且つ賑やかなタコ焼きパーティにも御開きの時間が迫り、寂しげな雰囲気が漂い始めていた。
 トージは何故か、普段喋りにくいサキタ部長と全く喋らないサザナミに挟まれて気まずい一時を過ごしているところであった。通訳としての頼みの綱だったマリヤマは、片付けに追われてトージを助けるどころではない。他の面子を見ても、寝たり話し込んだり関係のない筋トレを始めたりで、こちらの状況に気付いてもくれない。かと言ってここを離れてしまうのも気が引ける。どうしたらいいのだろう。
 すると、話のきっかけを捻り出そうとするトージを眺めて、まさかのサキタ部長が動いた。
「肩がいいと、言ったな」
「えっ?」
一瞬何を言っているのかと思ったが、考えを巡らせて思い当たった。これはさっきの話の続きだ。部長はトージのことを話しているのだ。
「あ、はい。一応」
「見てみたい。そう思わないか、サザナミ」
サキタ部長は唐突にそう告げ、トージを挟んで右隣にいたサザナミに同意を求めた。彼はほんの三ミリほど頭を縦に動かしただけだが、サキタにはそれが頷きととれたらしい。
「よし。おい、ホヅミ。――ホヅミ」
部長は周りの二人ほどにしか聞こえない程度の小声で呼び掛けたので、トージはてっきり半径一メートルの範囲にホヅミが居るものだと思って振り返ったのだが、姿がない。
「応!」
一呼吸置いて響いた捕手の返事は、どこか遠くからである。
「なんだ、どうしたサキタ」
手を拭き拭きマリヤマと共に廊下の向こうから現れたところを見ると、食器下げの手伝いをしていたようだ。
 と、言うことは。
 お勝手にいながら部長の声を聞き分けたことになる。地獄耳にも程がある。
「今、部長の声が聞こえたんですか?」
「ああ、部長命令は肌で感じる。そういう意味では、しっかり聞こえていたぞ」
この人の五感は一体どういう作りになっているのだ。
「お兄!洗い物、途中!」
と。
 今ほどホヅミが開けてきた襖の奥から、可愛らしい女の子の声が聞こえた。
「わかっている!後でやる」
ホヅミは必要以上の大声で怒鳴り返した。それから、ちらりとトージの方を見ると、
「……妹だ、気にするな」
と呟いた。二人兄妹なんだよとマリヤマが言う。
 トージはなんとなく納得できた。ホヅミはまさしくお兄さんという雰囲気だ。家庭的苦労をしていそうな匂いを、同じく弟を持って長男のトージは嗅ぎ取ったからである。
 妹はホヅミに似ているのだろうか。トージはもっと話を聞きたかったのだが、残念なことに、以降は妹について触れられることなく話が進んだ。
「で、サキタ。用件はなんだ!」
ホヅミは指令を待ってうずうずしている。
「ミットを持て」
部長の命令は、またも先程までの弱々しい雰囲気とは打ってかわって凛と聞こえた。
 オーラというかなんというか、やはり何かが違う。そう感じた。
「レーザーを投げさせる。座って受けてやれ」
「応!」
言われると、副部長の目は油の表面に火をくべた様に燃え上がり、ギラリとした輝きを湛えるのだった。
「やろう」
「やろう!」
そういうことになった。

* * *
 改めて、縁側に並ぶ先輩たち。
 それと平行に、ホヅミとトージが距離をとって立つ。野球ボールを持ったマリヤマはその間に佇んでいる。
「久々だなあ、小さいボールは」
ソフトのボールではまだトージが本領発揮できないと考えたマリヤマが、野球ボールで投げるという提案をしてくれたのだ。
 本当に優しい先輩である。一方、やる気が漲りすぎた捕手は、バスンバスンとミットに拳を打ち付けて催促する。
「いつでも来いッ」
夜だというのに構わず怒鳴る。ホヅミの家庭の人も、部員たちも慣れっこなのだろうが、出会って間もないトージなどは近所迷惑になりはしないだろうかと心配になってしまう。
「さて。やってもらおう」
部長の言葉で、三人はきちんと位置についた。三人の位置関係は、バッテリー二人とセンターのものである。レフトを守っていたトージだったが、練習の時外野はそれぞれ入れ替わったり、一纏めにセンターの位置へ集められてノックを受けたりと限定的ではない。
 トージの場合は、居心地の問題とレーザーの存在があったから、相手のチャンスを最も潰しやすいという意味でレフトを守ってきたのだった。
「ようし」
トージは新しく買ってきたグローブを開閉し、その感触を確かめた。当たり前だが、硬い。
 グローブは使い手とともに成長する道具である。だから手入れを欠かさずにしなければ、癖がついておかしな形になってしまうし、使いやすくなるように木槌でスイートスポット、つまり捕球に適した場所を叩いておかねば実戦で捕り易さが違ってくる。
 用具は生き物と同じなのである。だからこのグローブのデビューが、このメンバーに見守られながらの特技披露で良かったと思う。お前はこのメンバーと一緒にプレーするんだぞと、トージはツヤツヤの皮手袋へ言い聞かせた。
「ランナーは三塁だ。フェンス際への犠牲フライで、タッチアップ。これを想定する、いいな」
部長は静かに言った。
 トージの真横に位置をとり、凝視してくるのが気になって仕方ないが、まずはやってみるしかない。

 犠牲フライとは戦術の一つである。
 野球やソフトボールでは、打たれてから地に一度もついていない球を捕れば無条件でアウトにできる、というルールがある。捕球された瞬間に塁を離れていた走者は、その際に元いた塁に戻らねばならない。戻るより前にその塁へボールが送られるか、走者自身が球を持った守備者にタッチされてしまえば、走者もアウトになってしまうからである。
「地面に一度もついていない球」にも、種類がある。大きく分けるとフライとライナー性のものである。
 フライとは高く浮き上がってしまった球のことで、ライナーは低く真っ直ぐ飛んでいく鋭い球を指す。
 フライは浮き上がる球だから、落ちてくる前に下へ潜り込む時間があり捕りやすい。一見守備側にとってのみ有利に思えるシーンである。だが攻撃側がこれを活用できる場面もあり、それが「タッチアップ」なのである。
 まず打球を見て、フライが上がったとの判断をしたランナーは、その球が捕球されてしまう前に一旦塁へ戻っておく。そして守備側の誰かが捕ったその「瞬間」に、再びスタートを切るのである。
 離塁が早くては無論いけない。遅すぎれば次の塁へ到達する前に球を投げられ、アウトにされる。
 シビアなタイミングである。
 ワンナウト以下のアウトカウントで打席には強打者。そして走者は二塁か三塁にいる。そんなときに「犠牲フライ」として、態とフェンスぎりぎりまで球を飛ばすアッパースイング打撃を行うことが多いのだ。打者はフライを捕られればアウトになるが、代わりに走者が次の塁へ進んだり点を取れる。
 勢い余ってホームランになることも間々あり、内野フライにでもならない限りはほぼ確実に進塁を可能にする仕組みとなっている。
 そこで、守る側としては、強肩で正確な送球ができる外野が欲しいのだ。そういう外野が一人いるだけで安心度が違う。相手も変に警戒し、走るのを辞めたりすることもあり、ピンチを増やさずに済む場面が増える。
 それが、犠牲フライとタッチアップの関係である。

「やれ」
と、マリヤマに指示を出す部長。
 いよいよ始まるのだ。
 投手は頷いて、セットポジションにつく。センター側からその表情は見えないので、トージは前テレビで見た投球の様子を思い浮かべる。
 息を整えてミットを見据え、肘を引く。腕を振りかぶり、そして――。
「ふっ」
上半身をしならせて、軽い調子の投球を行った。
 軽いとはいえ百キロ近くある速さに体重を乗せた、重いストレートだ。ホヅミ捕手はそれを捕手ミットの真ん中でドスリと受け止め、
「センター行ったぞ!」
と叫ぶと、それを天高くブン投げた。
 いや、投げすぎだ。
「わわっ」
トージは慌てて二歩ほど後ずさりしながら、闇の中に消えそうになる白球を辛うじて目で追う。
 頭上を遥かに越えて、予想よりも遠くに飛んでいく。
「しまった、気合を入れすぎた!すまんが追えッ」
言われなくたって、トージはそのつもりだ。
 どこまでも追って追って、届かなくても追う。絶対走者をホームに入れない。それこそがトージの目標であり、信条だ。
 大丈夫、捕るまではランナーは走れないのだ。そう自分に言い聞かせ、トージは思いっ切り地面を蹴った。
 グラウンドでないから足元は凸凹、辺りは真っ暗で、球の遠近も定かでない。幽かに白っぽい球形のものが浮いていると判断できるくらいだ。
 躓き、よろけながらも必死で走った。
 恐らく球は既に落下を始めている。急ぐのだ。
「くそっ、オーライ!」
こうなれば意地である。トージは強く足を踏み切って、ボールの真下であるとあたりをつけた所にぎりぎりで潜り込んだ。
 矢のように落ちてきた球が光を受けて漸くはっきり見えるようになる。位置の見当は外れていなかったがここで油断をすれば必ず良くないことが起きるから、トージは最終的な位置をじっくり見極めてグローブをサッと挙げ、球を安全に捕球した。
「走った!」
と、ホヅミが見えない相手ランナーの動きを実況する。間髪入れずに返球しなければ走者は刺せない。ホッとする間もなくグローブから球を拾い上げて、トージは捕手に投げるという意志を全力で叫んだ。
「ホーム!」
遠い。トージと捕手の距離はとてつもなく広かった。暗さも手伝って、普段の二倍以上あるように感じる。
「来い、コマノ」
ホヅミは中腰でミットを目いっぱい開いて前にドンと突き出した。
 遥か向こうの縁側前で見守るその瞳は爛々と輝いて、不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。
 大丈夫だ、きっと彼なら受け止めてくれる。どっしりと構える姿を見て、トージは信じることが出来た。どれだけ離れようとも、レーザーの投げ手として臆するわけにはいかない。
 捕ったモーションの自然な動きに沿わせて、勢いを殺さぬように、流れるように力を伝わらせて。
 全ての辻褄が見事にピンと一致した瞬間に、必殺のレーザーは放たれる。
 トージは曲げたバネのように体の筋肉を使い、ホヅミ目掛けて球をビッと撃ち出した。
「おおお、出たぁ!」
ミナヅキ先輩の歓喜する声、唸りをあげ地面と平行に飛んでいく球。
 それがレーザーの成功を物語っていた。
 球は真っ直ぐに開いたミットへ吸い込まれていき、ズドンッという心地好い音と共に消える。
 ホヅミは捕球の力を受け止めてぐっと踏ん張った。球にかかった圧力とエネルギーを、身体全体を使って吸収して――やがて、ふっと力を抜いた。
 トージは、しっかりと球を掴んでくれた、副部長のミットを見詰めた。
 思わず泣きそうになっていた。投げることができた。本当はずっと不安だったのだ。自分の肩はもう、劣化しているのではないか、投げられなくなってしまったのではないかと、ずっと怖かったのだ。
 口では自信があると言ったが、本当は解らなかった。

 ホヅミは黙ってミットを開くと、その中に収まった白球を認めて大きく頷く。
「おお、完璧だ!」
「うん。こりゃあ大したもんだな」
いきなり平手打ちされるよりも驚いた。
 同じく外野を守っているというキタジマが、なんとトージを誉めてくれたのだ。
「俺にゃムリだわ。いい肩持ってんな、きっとソフトでも巧くやれるぜ」
「あ、ありがとうございます」
夜が暗くて本当に良かったと思う。
 今のトージは緊張が解けた興奮に加えて誉められた照れもあり、顔が真っ赤になっている筈だ。光溢れる縁側へまだ戻りたくなくてのろのろと歩いていると、先輩たちの興味の矛先は、うまい具合にもう一人の元・天才へ向いていった。
「そういえば、お前」
ミナヅキが、思い出したようにヨシアキの首根っこを捕まえた。
「痛い痛い!何すんですかっ」
手足をばたつかせたヨシアキだったが遠慮を知らないミナヅキの力に敵う筈もなく、先輩の輪の真ん中へと引っ張り出されてしまった。
「お前、オレからファースト獲るって言ったらしいな。ってことはライバルだよな。特技見せろよー」
流れ的に、当然もう逃げられない。今度はヨシアキが恐ろしい先輩たちに囲まれて、ガッチガチの緊張感を味わうことになってしまった。
「えっと。オレの特技は、ナンタイです」
ヨシアキはグローブを嵌め、もじもじ自我の定まらぬ動きをしながら発表した。
「なんたいってなんだい?」
「ぶっ」
半端な親父ギャグのような問いにキタジマは笑ったが、マリヤマは真剣に訊ねていただけに少しムッとした。
 キタジマは慌ててごめんと呟き一応黙ったが、顔はまだニヤニヤ笑っていた。
「軟らかい体って書いて軟体です」
「ああ、そうだったね。やってみて、やってみて」
催促されて、ヨシアキはいきなり横に開脚した。
 地面に完全に尻がつき、まるで竹トンボを逆さまに置いたようなポーズになってもなお平然としている。
「うわっ」
言わずもがなだが、ファーストの塁は打った者が一番最初に到達するベースである。
 だから当然ここで打者がアウトになるか、セーフになるかで展開に影響を与える。
 打者が打って走る。ボールを守備者が捕球する。打者も守備者も、一塁を目標にアクションを起こす。
 一塁を先に踏んだのが走者ならばセーフ。逆に、球を持った守備者ならば走者はアウトとなる。守備側にとってはできる限り塁を踏ませずアウトをとることが第一の課題。
 そこで重要なのが、ヨシアキやミナヅキ等一塁手の守備力なのである。
「ということでオレは軟体なので、どっちかの足を、ベースにつけたまま……」
ヨシアキは体勢を変えた。
 ぐにゃっと脚を縦開脚にして、べたりと前屈するとグローブを嵌めた左手を前につき出した。
「こんなふうに、悪送球もカバーできます。ひろーく守れるので思う存分投げてもらっていいです」
トージがこれを生で見たのは初めてだったが、こうも平気な顔で大変なポーズをとる姿には、鬼気迫るものさえ感じる。痛くないのだろうか。
「骨とか関節は大丈夫なの?」
マリヤマは若干青ざめてはいたが、ヨシアキの周りをぐるぐるとまわって観察に入る。まじまじと見られて照れたのか、目の前の軟体動物ヨシアキはほりほりと頬を掻いた。
「い、いえ。別段無理はしてないんです。オレ、物心付いたときからコレできたんで」
「天性の柔らかさか。凄いな」
ツバキは冷静に言ったつもりなのだろうが、実はその手先は無意識に足の付け根の股関節を押さえていた。男性の体は女性に比べて非常に硬い。
 見るだけで痛くなってくるのである。
「考えられん。何故普通の顔をしていられる」
流石のホヅミも元気をなくしている。
 注目を浴びたので嬉しくなってしまったのだろう。ヨシアキは突然立ち上がると、自分の足首を掴んだ。
「こんなのもできますよ」
ひょいと脚を上げると、それはY字開脚ならぬI字の開脚だ。部員たちがどよめいた。
「いいって、もう止せ!」
苦々しい顔でタコのようなぐにゃぐにゃを止めたのはキタジマだ。
「精神に悪いよ、お前の動きは。ったく」
結局顔色一つ変えずにヨシアキの動きを見ていられたのは、サキタとサザナミだけだった。
「エクソシストでも見た気分だぜ。今のが夢に出たらどうしてくれんだよ」
キタジマにやたらと文句を言われて、まだあるのにと不満げなヨシアキだったが、思わぬ助け船が出された。
「実は、守備だけではないんですよ。軟体を活かせる場面は他にもあるんです」
ヤノだった。ヨシアキを囲んでいた先輩たちの視線が今度は、大人しかった情報通へ向かっていく。
「お前は」
サキタ部長は歩いていくと、ヤノを見下ろした。
「確かスポーツ未経験者だったな。代わりに、情報を整理する能力に長けているとか」
「はい。正直言うなら、ここにいる誰よりもそういう眼は肥えている自信があります」
ヤノは眼鏡を上げ、強気な笑みをぶつける。
 顎に手をやって、サキタは興味深げに目を細めた。
「おい、遠慮することはないぞ」
声を飛ばしたのは、パーティの間中延々と話し込んでいたツバキだった。
「こいつに見せてやれ。お前の分析力」
けしかけるように、妙に攻撃的な言い方をする。
 どうしたのかと引っかかったが、考えるよりも先にヤノがわかりましたと件の手帳を取り出した。
「では。アカリくん、打撃フォームをお願いします」
「へっ?あ、うん」
ヨシアキは言われるがままに、バッティングの構えをとった。
 ヤノは手帳を持ってはいたが、やはり暗記しているのか開きはしない。代わりにその角を指差し棒の先のように使って、ヨシアキの開いた脚を指し示す。
「見ての通り、激しいオープンスタンスです。内角にくる球を広くカバーして打つことができますね」
説明されながらポカンとするヨシアキに、アカリくん振ってくださいと再度催促をするヤノ。
 ヨシアキは、言われた通りに素振りをした。ヤノは淡々と続けた。
「ありがとう。では外角へ投げられたら?どのように振りますか、ヨシアキくん」
「えっと……こうだよな」
ヨシアキは外側に来たボールを想定した素振りを実に自然にこなした。
 それがどうかしたのだろうか。トージはヤノの云わんとしていることがわからず、こっそりと周囲を盗み見た。
 やはり先輩たちもわかっていないようだった。
 ただ一人を除いては。
「成る程」
サキタ部長だ。
 彼は、狐につままれたような部員たちを差し置いて納得すると、やはりきょとんとするヨシアキの傍らに立ってその構えを模倣した。
「この構えで外角の球が来たなら、普通は捨てるか、振りにくいのでこうするだろう」
左足をホームベース側に移動させ、振る。
 一時的に反対の、クローズドスタンスをとるのだ。
「それも、無意識に行っているだろう。身体にとって最も負担のないように動くはずだ」
そう言われ、皆はそれぞれの立ち位置で軽く足を開きバッティングの動きをした。
 その通りだった。キタジマも、そうだなと頷く。
「確かにオープンの俺だけど、そっちに投げられたらクローズドになるかも。つうかやっぱ諦めるかも」
「そう、それが普通なんだ。だが彼はそのまま振る。オープンのままでも身体に負担がないからだ」
サキタはもう一度ヨシアキの真似をして振って見せた。
「無論、それはこのアカリだから可能なことだ。この通り、俺にはできない」
サキタの腕は不自然につき出されて、肘と体の上下がバラバラな方向へ力を伝えようと、窮屈な形をとっているのがわかる。
 運動に携わればある程度の体の柔らかさは身に付く筈だが、そんな人間にも不可能なことを、ヨシアキは簡単にこなしていたのだ。と言ってもヨシアキ自身、その事実にたった今気が付いたようだが。
「オレ、実は凄いことやってたんですねぇ」
長年やってきた素晴らしい特技に、今更になって感動するヨシアキ。
 トージは脱力してしまった。
「知らなかったのかよ」
呆れるトージにヨシアキは口を尖らせ、だってと反論する。
「オレにとっては当たり前だったんだもん。みんなができないなんて思わなかった」
「気付くというのはよいことだ。無意識を意識に昇華させることで、見えてくるものも多くある」
部長は落ち着き払って言うと、ヤノに向き直った。
 再び、先輩一同にトージたち二人の視線が加わって、ヤノに集中する。彼ははにかんだように笑っていた。
「僕、お役に立てると思います」
「ああ。しかし、それで満足するなよ」
サキタはただではウンと言わない。もちろんヤノも、それで済むとは思っていないようだった。
 二人はなんだか必死なトージやヨシアキとは違って、大人の会話をしているような気がした。
「部員として入部したからには、情報屋でなく試合に出るということを視野に入れるんだ」
「は――」
返事をしかけたヤノだったが、何故かそれを遮って、ツバキが会話に割り込んだ。
「ふん、とっくにそのつもりだ」
吐き捨てるような声だった。
 穏やかでない。棘のあるその態度はツバキの性格にそぐわない。トージは何事かと動きを止めた。
「俺は初めから、このショウを単なるデータベースで終わらせるつもりはない。こいつにはセンスがある。それを生かすための練習プログラムも考えてある」
言葉ではヤノを褒めているのに、部長を見据えているツバキの表情は何故か険しく、態度も刺々しい。
 単に機嫌が悪いという訳でもなさそうである。然り気無く、名前を縮めたニックネームで呼ばれ、誉められているヤノは羨ましい。だがそれよりも突如露出してきたツバキの凶暴さへの恐怖が勝る。
 と、思ったらサキタ部長の眉間にも不快さを前面に押し出したような縦皺が寄っていた。
「それはお前の独りよがりな先走りに過ぎないだろう。部の方針を勝手に決めるな」
「先走り、だ?じゃあお前はどうするつもりなんだ。全員で初心者一人にかかりきりになる暇なんてないだろうが」
言い争いが始まってしまった。
 トージは空気が変わったので焦って見回す。始めに一番頼れそうなマリヤマを見ると、渋い顔をしていた。またか、といった表情である。
「勿論ヒマを使って行うことではない。これは時間を作ってでも皆でやることなんだ。文句があるか」
「話逸らすな、言葉の綾だろうが。じゃあ実質何時間、何分練習を削ってショウの特訓に費やすつもりだ。言ってみろ、今すぐ――」
放っておく間にも不毛な喧嘩は続く。
 サキタもツバキも、始めの印象ではこう激しく争うことがあるというヴィジョンが浮かばなかったから、一年生組はただただ縮み上がり、後退るしかない。
 ところがチーム二年生はというと、キタジマが呆れミナヅキが飽き、ホヅミは腕組みと仁王立ちで様子を見ている。サザナミは微動だにしなかった。
 チラリチラリと、彼らはマリヤマに視線を送るのだ。
「やめてよ、二人とも」
役割なのか、単にサキタ部長を守ろうとしたのか。
 部員達の期待に応えマリヤマが動いた。二人の間に割って入って、腰に手を当てツバキを見下ろす。
「話は後でじっくり聞くから。一年生の顔、見てよ」
「ふん」
ツバキは僅かに後ろを向き、怯えるヨシアキの表情を見てバツの悪そうな顔をすると大人しく引き下がった。ふん、と息を吐いて、キタジマの傍へ行こうとする。
 しかしマリヤマは容赦しなかった。
 有耶無耶になってしまいそうな空気の中で、部長とツバキを引き止めて向き合わせた。
 マリヤマは怖く見えない「怖い顔」を作って二人を睨み、顔を見比べながらお説教をする。
「喧嘩のあとはどうするんだ?お互いに、言い過ぎたことについて何か言うことはないのかい」
「――悪かった」
「――すまない」
目は合わせず、毒を吐き出すような声で二人は謝った。
 その瞬間、マリヤマはにっこりと笑顔を見せて二人を解放したのだった。
「はいOK。二人とも、チームを想ってくれてるのはわかるよ。でも喧嘩はやめてね」
マリヤマに大分きつく掴まれたのか、腕を摩り摩り、ツバキはわかったよと呟いた。
 サキタも黙って首を縦に動かした。
「ごめんね、三人とも。サキタもツバキも熱いから、ホントに困っちゃうよね」
マリヤマはトージたち三人に笑いかけた。
 それが喧嘩はおしまいという合図になり、ゆったりしたパーティの空間がそこへ戻ってきた気がする。
「と、いうことで、片付け再開。みんな手伝ってね」
本当に何事もなかったように元通りだ。楽しい時間が再び流れ出す。

 パーティーはその後暫くでお開きになった。だが、マリヤマやツバキ、サキタ等の寮住まい組はそのままホヅミの部屋に泊まるという。 寮に早めの門限があるからである。
 時間を過ぎてしまい寮へ入れない時には、こうして雑魚寝コースを辿ることになるらしい。
 トージの部屋に泊まるつもりでいたヨシアキにも、当然そのお誘いがかかった。
「アカリ、お前も寮だろうが。遠慮はいらんからまあ泊まっていけ!」
「あ、えっ?いや、オレはその」
ヨシアキはビビっているのだ。
 先輩たちの中に一人取り残されて寝ることに。
「あっ、逃がさないからな!あき」
ミナヅキは嫌がるヨシアキを引き摺って、無理やりに部屋の隅へ座らせると、勝ち誇ったように人差し指を突きつけた。
「お前はオレのライバルなんだろ!今日はお前の話を聞きまくってやるからな」
「は、はぁ」
「おい、ルイちゃんは俺の上の部屋だろ。なんでまたここに泊まることになってるのさ」
アパート住まいのキタジマが至極まともなツッコミを入れたが、気が早いホヅミは既に六人分の布団を準備してしまっていた。
「細かいことはいい!早く敷かんか!」
彼が纏めて担いできた重い敷布団の塊を、マリヤマがひょいと器用に敷く。ツバキが几帳面にシーツを被せ、片っ端からミナヅキが台無しにする。
 それをサキタ部長がひったくって丁寧に直す横で、ヨシアキは仕方なく枕をカバーに詰めた。流れ作業でみるみるお泊り部屋が完成し、帰宅組は追い出される。
「さっさと帰れ!朝練習に響くぞ」
たとえ眠く思っていようとも眠く見えない副主将は、ダイナミックに布団へ入りながら、トージたちに手をサッサッと振っている。
 はいはい、とキタジマが縁側の下から靴を出して、そのまま帰って行く。
 トージたちもそれに従って外へ降り立った。
 気付いたときにはサザナミの姿は既になかった。
「じゃ、ヨシアキ。また明日」
「お邪魔しました。あの、今日は楽しかったです」
トージとヤノは顔面蒼白で布団に収まったヨシアキを笑いながら、ホヅミに一礼して部屋を後にした。
「ふ、二人とも――マジで行くの?ねえ、おい!」
同情すべきか羨むべきか。
 ヨシアキは訳も解らぬまま雑魚寝大会に参加をすることとなり、根掘り葉掘り、趣味やタイプの女の子のことまで吐かされる羽目になった。
 翌朝会ったときには目の下に真っ黒い隈を作って、衰弱しきっていた。
 全く寝かせて貰えなかった、とぼやきながら朝練をこなした後の授業でヨシアキは、お約束通りに爆睡して先生に叱られることとなる。

- 続く -

2011-11-01

あとがきです。

ボーイズトークって何。

すべあ