-人見知りの鬼部長 福田 冷(サキタ リョウ)-
タコ焼きが、焼けている。
臥柳ソフト部の部員たちはホヅミ邸の縁側に並んで座り、意外にものんびりとしたパーティのひとときを過ごしていた。
春とはいえ肌寒い日々が続いていたここ数日だが、この夜に限っては太陽が落ちても温かく、部員たちは気だるそうに足をぶらつかせながら箸を動かす。
「まだまだあるからね。食べて、食べて」
マリヤマが次々に作り出すタコ焼きは、外が芳ばしく中はトロトロ。強めに香るよう量を計算され尽くした紅しょうがの爽やかさと大きすぎないタコ片が絶妙のバランスで、まさに絶品と称えられるべき美味しさだった。
「おい、調子はどうよ」
タコ焼きを必死で頬張るトージとツバキの間に、背後から無理やり二本の足が捻じ入って来た。
キタジマだ。紙皿と紙コップを片手に危なっかしく持って、鰹節対策の爪楊枝を咥えてのご登場である。
「なかなかいいだろ。この雰囲気」
爪楊枝で歯間の青海苔を掃除しながら、彼は自慢気に言った。トージはお尻を右にずらしてキタジマの座るスペースを確保しながら、素直に頷いていた。
純粋に、楽しい。
「なーんか長閑でさ、やる気あんのかって思うだろ。でも、この感じが丁度いいんだよな」
確かにトージはこのメンバーのことだから、ドタバタ落ち着かない空間を予想していた。
ところがどうだろう。
実際に来てみれば、余りにまったりとした居心地の良さに眠くなってしまうほどである。ミナヅキはじめ、先輩たちがこのパーティーを楽しみにしていた理由がトージにもわかった。
マリヤマだけは焼き役にウエイター役にと忙しそうだったが、それはそれで楽しそうに働いている。あいつこういうの好きだから、とキタジマは両眉を気だるそうに上げてみせた。
「ああいう野郎をお世話焼き、ってのかな。ところでお前、部長とサードにはもう挨拶したの?」
思い出したようにキタジマが言う。そういえば当然のように始まって当然のように進められたパーティの中、特に自己紹介も、入部ありがとうも、更には廃部回避おめでとうも何もなかった。
最重要の問題を綺麗に頭から抜かせるトージたちもトージたちだが、何の引っ掛かりもなくこの空間へと溶け込めてしまったので、最初の段階でタイミングを失ったあとはすっかり忘れてしまっていたのだ。
「あ――まだです」
流石に叱られるだろうと思ったら、キタジマはぷっと爪楊枝ごと吹き出しながら笑った。
あいつら存在感ないからねぇ、で済ませてしまう。
「基本が受け身だから絶対自分からは来らんねーし。ま、丁度だし俺が紹介してやろうかね。サードはな、あれ、どこ行った?あ、いた。右端のとこだ」
キタジマ自身も見失ってしまったのか、キョロキョロ首を動かしてようやく見つける。
トージの肩越しに指をさし、縁側の端に座る人物を示して「あれだよ」と教えてくれた。
跳ね髪の大人しそうな人物だった。黙々タコ焼きを頬張り、隣でそれを奪おうと妨害しているミナヅキを器用にかわしつつも、その体軸は石のように動じない。
「地蔵みたいに固まっているあいつが、うちの三塁を守ってるサザナミさ」
食べては飲み、飲んでは食べる。止まらない。
「名前はレン。どうでもいいけど漢字で書くと、漣と蓮で凄い面倒。普段は全然喋らない。いるだけ」
酷い、と思ったが強ち間違いでも無さそうである。
この部屋に入って以来、常に目の端に映ってはいた筈の彼だが、トージはサザナミの個を認識して初めて、彼が存在していることに気付いた。そこに居たということを思い出すように理解したのである。
普通と順番が逆だった。
そうだろそうだろ、とキタジマは猛烈に頷いた。
「存在感を限りなくゼロに近付けてんだ。あの感じが態となのか素なのかも不明なのさ、喋んねえから。一年も一緒にソフトやってきたけど、俺はあいつの声を覚えてないくらいだぜ」
「そ、そんなに喋らないんですか」
想像を絶する性質を知らされ仰天したトージに、まず喋らんね、とキタジマは繰り返した。
ヤノと話し込んでいたツバキの背を叩き、
「そうだよな、ブラックさん!」
と呼びかける。
「ああ、うん。でな、そのキーストンの中でも凄いのが――」
ツバキは生返事をして、また話に熱を入れはじめた。
ブラックとはツバキのニックネーム的な呼び名か何かなのだろうか。訊こうとしたが、そんな間も与えてはくれず、キタジマは立ち上がるとトージをサザナミのもとへと引っ張っていった。
「おい、ウィルソンくん」
ウィルソンはトージと同じグローブブランド名である。きっと彼もウィルソン使いなのだろう。
サザナミは、声をかけられると徐に顔を上げた。
「よう。こいつ、新入生のトージだから」
紹介されたトージが宜しくお願いしますと頭を下げると、サザナミはこくり、と頭を縦に動かした。
この挨拶のくだりはそれだけで終わったのである。何故かキタジマは満足げにうんうんと言ってトージを立たせ、また縁側に並ぶ部員たちを見回しはじめた。
「サザナミは完了。で、次に部長なんだけど――って、あいつも端っこかよ。ほら、今度は左端を見ろ」
トージは、サザナミへ挨拶するために右に向けていた首を百八十度左に向けて背筋を伸ばした。キタジマの指の方向の数メートル先に、赤茶の長髪を一つに束ね緑のヘアバンドを着けた人物がいるのが見えた。
彼もサザナミと同じく食事に集中していた。
しかしそれは他人と話さずに済む材料として行っているだけなのではないだろうか。基本受け身だからと、たった今キタジマも口走っていた。
「あれが部長だ。さ、行くか」
「ま、待ってください」
トージは引っ張るキタジマをなんとか止める。
その部長を一目見た瞬間から、トージにははっきりさせておきたくて仕方のないことがあった。
一人だけ巨大なタコ焼きをつついているのである。
どちらかというと部長本人よりもそちらの方に目を奪われたトージは、キタジマに耳打ちした。
「なんですか、あの大きいの」
拳より大きく、それこそソフトボール程度の大きさを誇るタコ焼きであった。
部長特権だよと、キタジマがつまらなそうに言った。
「あいつが部長をやってる理由は、伝統の三号ボール焼きを食う権利があるから。正直、それだけさ」
「三号ボール焼き、って言うんですかアレ」
見た目通りのネーミングである。
しかしそれを食べるためだけに部長になるなんて、あの人物はある意味凄い。というよりも、その伝統の存在が胡散臭すぎてもっと可笑しい。
「ともかくあいつがうちの部長で、中堅を守っているサキタ リョウっていうんだけどさ」
リョウという名前には聞き覚えがあった。
誰の口から聞いたのだったかなと見回したトージは、横になって寝息を立てているミナヅキの姿を目にして漸く思い出した。そうだ、彼だ。
昨日、部の存続のため条件を出した教師たちの話をヤノが教えてくれた時だった。
「あいつらリョウのことバカにしてる」
ミナヅキはそう言って、紛れもなく怒っていた。
大概の行動がお粗末なミナヅキだが、彼までもがそう庇う程大切に思う存在がそのサキタ部長であるらしい。そう言えばツバキをして「俺も三十連取は難しい」と言わしめるノックの鬼でもあるそうだった。
ところが肝心の部長は、部員達の会話には参加せず一心不乱に三号ボール焼きを食べているだけである。先輩づてに知ったイメージと、今見ている印象が若干違うのは、トージの気のせいではないだろう。
気のせいどころか、かすりもしない。
寧ろどこをどう結びつければ同一人物になるのかと悩んでいると、
「キタジマったら!」
怒った、それでいて楽しんでいるようにも聞こえる、マリヤマの声が頭上から降ってきた。
トージが見上げると、高校二年生のタコ焼き名人は食器を載せたトレーを左手で持って、右手を腰に当て立っていた。
「ダメだよ、嘘教えたら。信じてるじゃないか」
「う、嘘?」
愕然として、急いで左隣の先輩を見る。
すると堪らなく愉快だというようにニヤリと笑った。バレたか、という定番の台詞つきだった。
「もう少しだったのに」
またやられた。キタジマの言うことを鵜呑みに信じてはいけないのだ。
「……どこから嘘なんですか」
「えーとな。サキタについて教えたことは、大体全部デタラメだったかもな」
嘘配分が多すぎる。サキタが部長の座に就いた理由だという、部長特権の話も適当な作り話だというのか。マリヤマは頬を膨らませている。
「サキタって名前と、部長って地位くらいしか正しくないじゃない。何だよ、伝統の三号ボール焼きって。あれにはマリヤマスペシャルっていうちゃんとした名前があるんだからね、開発者は僕だし」
と苦情を言ってからトージに差し出した皿の上には、きちんと三号ボール焼き……もとい。
マリヤマスペシャルが乗っていた。
ちゃんとみんなの分もあるのだ。
「何が不満なんだよ!いい名前だろ」
マリヤマには申し訳ないが、確かにトージはキタジマのネーミングの方が格好良いと思う。
それでも、名前などどうでもよくなってしまう程に美味そうなソースの香りを放つマリヤマスペシャルの誘惑に負けたトージは、続く言い争いに全く関わっていないふりをして、巨大なタコ焼きに手をつけた。
どうやって作ったのか、本当にソフトボールのような大きさである。薄くてカリカリの外層を箸で割ると、ボワンッと密度の濃い湯気が立ち上った。現れた中身も柔らか過ぎず、丁度良い固さである。マリヤマの拘りだという牛乳入りの生地も絶大な美味しさを発揮していた。
「いい加減なことばかり言ってると、オオカミ少年になっちゃうよ。誰にも信じて貰えなくなるんだから」
二人はまだやりあっている。
トージは舌を火傷しかけながらマイペースと性悪の争いの行方を横目で見守ることにした。
「お前みたいなプラナリア野郎よりはオオカミの方がよっぽどましだろ。だいたい今のは冗談だったの。信じるこいつが悪いのさ。第一こんな変な料理が、代々続く秘伝の料理なんてあり得ないっつの」
反抗するうちに、キタジマはタブーの事項を口にしてしまったようだ。
マリヤマの眼の色がすうっと変わっていくのが解る。彼は恐ろしく無機質な声で「変な料理」と繰り返した。キタジマの前に置いた皿をサッと引っ込めて、
「変な料理だなんて思っていたのなら、食べなくてもいいよ。サキタにあげるから」
と言い、スタスタ歩き出そうとしたのである。
軍配はマリヤマに上がった。トージにもそれがすぐ解るくらい、キタジマの手のひら返しは見事だった。
一度食べたなら、その皿がトレーに戻っていくのを見て耐えられるわけがないであろう。プライドというものがないのか、キタジマはごめんなさいッと速攻で謝った。
「俺が悪かった。お前のタコ焼きは最高です!」
「そう。じゃああげる」
マリヤマはにっこり笑った。そんなに簡単に、許してしまってもよいものか。
トージにその許容の境界線は見えなかったが、これこそがマリヤマのペースというものなのだろう。そうこうしているうちにトージは食べ終えた。箸を揃えて割り箸袋に突っ込むと、息をつく。
美味しかったの一言に尽きる。
「ごちそうさまでした」
旨かったですと伝えると、マリヤマは嬉しそうにしていた。取り上げていた皿をキタジマに押し付け、
「じゃ、サキタのところへいこうか。キタジマはもうめちゃくちゃで信用できないし、実際に部長と話をしてみたいでしょう」
「そこまで言わなくてもさぁ」
キタジマは口を尖らせて反論したが、マリヤマは既にサキタ部長のことしか頭にないようだ。縁側の端へと移動していく。
マリヤマに置いていかれないよう、トージも慌てて立ち上がるとキタジマを置いて彼に従った。
「サキタ。いいかな」
「ん?」
マリヤマの声に、短い音を発し顔を上げたサキタ部長。彼はマリヤマの後ろにトージの姿を見つけると何故かぎくりとした。
野生の動物のように、早くがっつかないと食べ物を取られるとでも思ったのか、皿に残っていたマリヤマスペシャルを一気に口に入れた。
「ちょっと、サキタ!」
その腕を掴んで投手が止めたが遅かった。
部長は忽ちタコ焼きの内部の熱さに悶え苦しみだす。
「猫舌なんだから無茶しないでよ」
「ゆっくりでいいですよ!」
マリヤマとトージが同時に慌てだしたことで、部長はさらにパニックになった。
熱いのだから、それはどうしようもない。
「そうだ、水!」
トージは咄嗟に、近くに居たホヅミの葡萄ジュースを拝借して差し出した。猫舌だというサキタ部長は目に涙を浮かべてそれを一気飲みする。
熱さもろともマリヤマスペシャルを流し込んで漸くふう、と息をつき、部長はなんとか一定の落ち着きを取り戻すことができた。マリヤマが部長の背中を擦ってやる間にトージは、空になってしまったコップに適当なペットボトルからお茶を注いで、余所見をしているホヅミの横に返しておいた。中身は変わってしまったがバレないだろう。
「サキタってば、自分の部のメンバーに人見知りしてどうするの」
マリヤマは呆れ半分優しさ半分の調子で部長に訴えた。部長はちらりと横目でこちらを見たきり、それ以降はトージの顔を見ようとはしない。
「人見知り?」
「うん、激しい人見知り。知ってる人にも人見知り。ソフトボールをやっている時は気が紛れるから平気みたいなんだけど、こういう場はまだ苦手で」
それは人見知りとは言わないのではないだろうか。
根本的に人と関わることが難しいのかもしれない。そういう人間は時たま見るが、それにしてもここまで酷い状態ははじめて見た。
「ねえ。サキタ、何してるの」
マリヤマは悲しそうに訊ねる。
サキタ部長はマリヤマの背中に隠れようと移動して見事に失敗していた。身長が恐ろしく高いのだ。二メートル近くはあるだろう。
「サキタ、コマノくんが挨拶したいんだって。お願い、出てきてよ」
「あ、ああ。うう」
それでも何とかしようという意識はあるらしい。
サキタ部長は僅かに、ほんの三ミリほど顔を出す。
「お前が――コマノ」
「はい、コマノトージです」
怯えさせないようにゆっくりと言った。まるで、馬か小動物でも相手にしているようである。
息の詰まるような緊張の中で、マリヤマがいいぞとばかりに頷くのが見える。どうして部の先輩相手に、こんな気の遣いかたをしなければならないのだ。
「守備の――」
「えっ?」
言いかけたサキタ部長の声は細く震え、途中で切れた。
その一挙手一投足に心配そうな表情を浮かべていた投手が、ぐっと唾を飲み込み拳を握り締める。部長は目線をあちこちにやって不安定な様子を見せながらも、なんとか言い切ろうと唇を舐め、再び口を開いた。
「守備の、希望は」
ああ、言えた。
なんだかトージまでほっとしてしまった。
「外野なら、自信があります」
「あ」
外野と発音した瞬間、部長の目の色が変わった。
眼をキラリと輝かせ、救いを求めてか、単に同意を欲してか、マリヤマの肩を叩く。
「外野は、レフトが空いてる。な」
「うん。見事にね」
一度マリヤマから聞いた情報だったが、やっと確証がとれた。基本ライトを守ることが多いのがキタジマ、センターがサキタ部長である。トージは再びレフトを守ることができそうである。
「前も僕、レフトをやってたんです。強肩には絶対の自信があります」
「肩」
サキタ部長は思わず身を乗り出した。隠れた体が右にスライドして、見えている部分が十センチ程増える。
今だ。トージは勝負のカンを働かせる。警戒の扉が少しでも開いた今こそ、部長の懐に潜り込むチャンスなのだ、きっと。
「あの、部長はセンターを守ってるって聞きました」
ここは相手の話を出して場を繋いで、あっという間に仲良くなっている作戦で――と思ったら、部長の体がまたスルスルと引っ込んでしまった。
失敗である。
マリヤマの言うとおりの完全な人見知りっぷりだ。彼の牙城はそう簡単には突き崩せない。
悪い意味で、一筋縄ではいかない部長である。
「俺は……下手糞だから」
部長はいきなり卑屈になる。
本当に予想が付かない。フォローをしたくとも守備の様子を見たことがないので、んなことないですよとも言えずにハアという音を発した。
「ああ、もう!コマノくん、気にしないで。ちょっと根深い云々かんぬんもあるんだけれど、今は――、ねえ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」
マリヤマはあきらめない。
「コマノくんだってソフト初心者だよ。言うなれば、君よりもドヘタクソなんだよ」
確かにその通りだったが、ちょっとグサリときた。
「そ、そうです。色々学ばせてください」
言葉の刃に怯みながらも、トージは追い討ちをかける。思えばこんなに向上心を抱かなければならなくなったのは久々である。
「天才野球少年」だったころは、全てを学び尽くした気になって、最後は消化するようにただ試合や練習をこなしていただけだったからだ。そこには日々の地道な体力の積み立てだけしかなく、精神的な成長などなかった。
気も付かぬままに、マンネリ化していたのだ。今更ながらに恐ろしく思う。
「お願いします、部長!」
トージは部長に頼み込んだ。再三の疑問になるのだが、部長とまともに話すだけで何をこんなに必死になっているのだろう。
ところが、その労力が報われたのか、なんなのか、サキタ部長の体が大幅にひょいとはみ出した。
「お前、随分と熱心だが、俺の練習は厳しいぞ」
――おや?
「ついてこられる自信があるのか?」
トージは面食らった。
先程までのボソボソ具合はどこへやら、彼はやけに背筋を伸ばしてスラスラと話し始めたのである。
間違いなく言葉の端々はハッキリとして、短い単語ぶつ切りの会話からきちんとした文になっている。もうトージの中には戸惑いしか生まれてこない。
ただ、マリヤマが凄く嬉しそうな顔をしているのを見る限り、いい方向に進んでいる証拠であるらしい。
「じ、自信はあります。泥まみれで何度も練習重ねてきましたから」
「ふうん、言い切るか。見所はありそうだ」
サキタ部長は不適に――本当に不適に笑った。
その瞬間、トージの背筋や二の腕を、ざわっと風が駆け抜ける。この感じはなんなのだ。
「足はどうだ?五十メートルを何秒で走る」
部長は目を細めてトージの脚を眺めた。
実はトージはそれほど足が速い方ではなかった。それでも外野で高い評価を得るほどの守備ができたのは、レーザービームがあったからという理由だけでは決してない。
執念だ。
「それはその、七秒ちょいです。遅めですけど、でもボールはどこまでも追いますよ」
「あと自慢のレーザーもね。フェアぎりぎりの長打が三塁打になると思ったら大違いだよ。トージくんは、一番深い位置からそいつを刺すんだ」
マリヤマの補足を聞いたサキタ部長は更に右へずれた。もう殆ど体が出て、全体像が見えるようになっている。ソフトボールのことになると話しやすい、との言葉は本当だったのだ。話しやすいどころの状態ではないと思うけれど、他に表現が見つからない。
マリヤマもニコニコ笑みを浮かべ、気乗りしてきたサキタ部長を見守っていた。
「ね、大丈夫だったでしょ。トージくんはいい子だよ」
頷く部長。それにしてもマリヤマは凄い。
真っ直ぐ過ぎるミナヅキ、口八丁のキタジマ。
そして少々人間に過敏なソフト部部長のサキタを、こんなにも容易く扱ってのける。この部の中で彼は、アメとムチのアメ的存在なのだろう。
「よろしくお願いします」
トージが改めて頭を下げると突然気弱に戻った部長は再びマリヤマに視線を送る。
「好きに答えていいんだよ、サキタ。君は部長だし、それに先輩なんだから」
諭すような口調だ。きっとマリヤマと部長の関係は、これの繰り返しなのである。
「そ、そうか。なら」
部長は安心したような表情を覗かせた。
なんだか――、皆がサキタ部長を大切にしたくなる理由がもうわかってしまった気がする。要は、「放っとけない」のだろう。
サキタ部長は何を言おうか悩んだような沈黙の後に、
「た、頼りない部長だが――」
とおずおず切り出して、
「入部ありがとう。共に全国を狙おう」
落ち着き払ったバージョンの口調で閉めた。
第一印象とは全くの別人であるかのような、堂々とした物腰。部長としての威厳と風格さえ滲み出した。これを豹変と言わずしてなんと表現できようか。
言葉を失っていると、マリヤマの顔には輝くような笑みが浮かんでいた。
「こう、部活スイッチが入ると格好いいんだけどね。トージくん、これが僕たちの部長のサキタ。本気のサキタは凄いんだ、早く見せたいよ」
マリヤマはそう誉めた後で、普段はそんなに頼れないんだけど、と付け加えた。
「すまん」
サキタ部長はぼそりと謝る。
「だがその分、ソフトボールで結果を出すつもりだ。コマノ、乗り遅れるなよ」
勿論である。
置いていかれる気など毛頭ない。
寧ろ、この部を引っ張れるような選手になってやる。
「はいっ」
差し出された大きな手を躊躇なく握り返し、トージは心に固く誓った。
- 続く -
2011-11-01
あとがきです。
大きいタコ焼きの作り方は意外と簡単。昔ながらの金属おたまの三分の二まで液を注ぎ、さいばしを使っていつものタコ焼きの容量で引っくり返すだけ。まんまるい形がキレイに出るまでは練習あるのみです。
マリヤマは血を吐くような特訓の末に量産技術を手に入れたみたいです。
すべあ