-七番・左翼手 狛野 凛二(コマノ トージ)の独白-
天才と呼ばれていたことがある。
ほんの少し前までの話だ。狛野 凛二――トージは、「天才野球少年」と称されていた。外野における守備と、肩の強さに自信があった。
無論、決して誇大表現などではない。
中学三年生にしてマスコミの取材を常に受けるようなレベルではあったし、夜のスポーツ番組で小さい特集が組まれ、同じ十代の注目選手たちとのホームラン対決に出演したこともあった程だ。
強豪高校への進学を意識し始めた頃からは、あらゆる取材の凄まじさもぐんと増した。地元紙で英雄のように一面に取り上げられ、ダン箱に一杯のファンレターまで届くようになり。周りの大人も期待に満ちた笑顔を向け、未来のためにと練習にうち込むトージを応援してくれた。
そういった背景もあって、夏の大会を一月後に控えた五月、トージの頭の中は甘美な幻想で溢れかえっていた。
その大会で活躍することができれば、甲子園常連校へスポーツ推薦で進学するという路が開ける。進学先でも勿論野球漬けの毎日を送り、レギュラーには欠かせない名野手として甲子園へ送り込まれるのだ。野球部で散々暴れまわって現役を引退した後はプロへの道を一直線、ドラフト会議で指名を受ける。
一巡目での指名は流石に無理だろうから、大体三巡目くらいに食い込めるような中堅を目指せばよい。
そうして、輝かしいプロ野球の世界へ踏み出す、そんな夢物語が自分の将来には相応しい。当然のようにそう考えていた。
――そんな生活に嫌気が差したのはいつ頃だったろうか。
四六時中自分を追う、鬱陶しいカメラのフラッシュ。ドタバタ土足でプライベートに踏み込む、記者の足音。毎日当たり前に聞いていたその雑音は、実は異常なものなのではないだろうか。
そう気付き始めてからの転落劇は、まさにあっという間だった。
カメラとペンを敵と認識したトージは、先ず、無口になり、笑わなくなった。
疑心暗鬼の気味悪いもやもやを心に抱えたまま生活し、ほんの僅かたりとも「自分を出さないように」と周りの顔色を伺いながら過ごすようになった。
そう、あの頃のトージは異常だった。
心配する友人にまで反発し、攻撃的な態度をとって、誰のことも信じようとしない。聞く耳を持とうとしない。
何一つ実りのないことである。しかしそんな事実にも気が至らない程、トージは自分自身を崖っぷちへと追い詰めていったのだ。
イチローのように安定感のある打者になろうと、毎日通っていたバッティング場へも、終いには顔を出さなくなった。既に向上心も情熱も失い切って抜け殻のような朝と夜を繰り返すだけだ。
「今日のレフトはキムラだ。練習を真面目にしないなら、レギュラーも変わって貰うからな」
トージを奮い立たせるための、最後の叱咤。
本当は部長とて言いたくなかったであろう、トージのスタメン落ち宣告。腐り切り、光を失くしたトージを最後まで励まそうとして、部長は手を変え品を変えてはトージの紆余曲折した根性を叩き直そうとした。
それでも彼が必死になる程、トージの精神は意固地に逆のベクトルを指していったのだ。
結局、そのまま一度もスタメンに戻ることなく大会の日を迎えたトージは、先が見えぬ霧のように重く粘つくものを胸に支えさせたままにベンチから負け試合を見た。周囲の期待よりも随分早く、トージの中学校は敗退した。
負けたときには、ほっとしたくらいである。
早く自分のことなど忘れて貰いたかったのだ。
推薦や有名校のビジョンなどはもう関係ない。兎に角そっとしておいてほしい一心だった。
試合に負けたという悔しさはおろか、一生懸命戦った味方を労う余裕さえなかった。
最低である。
天才高校球児の末路は、余りに無残なものだった。
そんな状態に望んで堕ちたようなものだったからこそ、運命は厳しくトージを責め立てたのかもしれない。
記者たちの追跡はそれで留まるどころか、更に、更に加熱していったのだ。ここ一ヶ月の不調の原因は、一体何なのか。代わりに出場したキムラの度重なるエラーをどう想っているか。悔しさのほどは。悲しさは。
そして地元の反応は如何だろうか。
全てお前らのせいなんだと叫ぶことができていたなら、どんなに気が楽になったことだろう。
しかしこのような状態に陥っているとはいえ、やはりトージもスポーツマンの端くれである。こういった場で他人へ責任転嫁することが何を意味するのかを、十分に理解していた。
それは自らの未熟さを看板にして掲げるような行為で、何を言おうが単なる負け犬の遠吠えに過ぎないのだ。その時となっては無意味なスポーツ家のプライドが、更にトージを苦しめた。
だから、どうせなら消えてしまおうと思った。
間欠泉のように湧き上がるストレスを、世間を知らぬ小さな器に溜め込み続けられる筈がない。限界を超えた結果、それは後戻りのできない形で、謎の感情とともに、爆発的に発露したのだ。
トージは愛用したグローブとスパイク、世話になったユニフォームを梱包材に包んで紐できつく縛った。
それをダンボール箱の中に封印しガムテープで巻くと、祖父が所有する裏山へ独りで入り、スコップで深い穴を掘って綺麗に埋めてしまった。
そして、野球部がない高校へ進むことに決めた。
そうすればこの重荷を放り投げ、少しだけ残る野球に対する未練も、記者らの執拗な追跡も断ち切れると固く信じ込んで、藁にもすがる思いでインターネット検索を繰り返し――やっと見つけた「その高校」を選んだ。
ただ逃げ出したいがため。
それだけのみっともない執念だった。
そして、無事にその高校――「臥柳高校」への入学が決まった。少々の田舎にある私立高校である。
臥柳は、「ガリョウ」と読むらしい。高校学長邸の庭にある、地面と並行に育った可哀想な柳の木がモチーフだ。面接の際、暇そうな教師がそう教えてくれた。
入学式で毎年学長がする小話に出てくるんだよ、もし合格したら聞いてみたらいい、と教師は言っていた。果たしてどうだろうか。
「……で、横たわる柳の形状態が勇壮で力強く、まるで地に臥す竜のように見えます。その形が臥龍梅といういかにも風流な梅の木と似ていると思い至ってですな。この学校の名にある臥柳という造語も、あなたがたが庭で育つ柳の木の如くしなやかに、かつ強くあれよと願い、その臥龍梅の読みをもじったものであって……」
入学式当日、いざ蓋を開けてみればこの有様である。学長の退屈な長話は早速、入学生たちのやる気を削いでいるようだ。トージも大欠伸を何度か噛み殺している。
でも、これでいいのだろう。トージの求めた平穏は、きっとこれなのだから。校名の由来がご立派だとしても、トージの地元では誰一人知らなかった程に無名の学校だ。
それなりに田舎で、不自然すぎない地味さを誇るこの高校。同級生にも上級生にも、トージに興味があるやつなど殆どいないだろう。気楽でいいじゃないか、と思う。
少しざわついたのは、新入生の名を順に呼名された時くらいだった。いつの間にかこくりこくりと船を漕いでいたトージだったが、呼ばれた途端に周りの空気がふと揺らぐのを感じて覚醒した。殆ど習慣のように、反応を気にして落ち着きなく辺りを伺ったのだが、皆はすぐに何事もなかったかのように静まったのだった。
つまらない入学式は続行し、トージは平和に居眠りを再開したのであった。
夢現に、トージはぼんやり甘い勝利を確信していた。ここでならのんびり暮らすことができる。
これからの生活は自由なのだ。些細なことで騒がれる心配もないし、やってみたかった普通の営みができる。
まずは早く友達を作って、アルバイトを探したい。
友達とファミレスに行って放課後の時間を潰したり、免許を取ったりするのもいいかもしれない。
待てよ、彼女までできたりして。
中学時代にできなかった数多くのこと、やりたかったことが次々に浮かんで、眠い頭が顔をにやけさせた。
そうするうちに、面白みのない入学式は無難に進み、有耶無耶に閉式したのだった。
終わって暫くは、何人かがトージのほうを眺め秘密の会話をしている気がしないでもなかった。
それでも、今までのずっしり重い負担に比べたならば何もないようなものである。
帰りのホームルームで配られた資料集や、コース別の年間学習計画レジュメ集などよりも余程軽い。
さあ、僕の新生活の始まりだ。
その日の夕食のことだけを考えることができる幸せに浸りながら、トージはこれからの三年間を過ごすことになるボロボロのアパートへと向かったのだった。
- 続く -
2000-01-01
あとがきです。
舞台となる高校と、(一応)主人公であるトージの経歴?でした。
これをプロローグとして書いた理由は、「臥柳高校へ行くことを決めたワケ」です。
この「わけ」というのは、トージだけが抱えた悩みではなく、連載に登場する人物の多くが同時に抱える、共通の悩みでもあります。
だから、トージだけのプロローグではなく、キャラたち総合のプロローグとなるわけです。
自己満的なこだわりでした。
長くなりましたが、よければこれからも楽しみにしていただけると嬉しいです。
すべあ